YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
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Thursday, April 21, 2016

SAVANNAH APRIL 17 - 20 2016 #2

SAVANNAH   APRIL  17 - 20  2016  #2


小さなサバンナ空港から約30分でブライス ホテルに着き、ちょうどワインのサービスがロビーであって、チリ産の白いワインを飲みながら中庭へ。
それから街の散歩へ。夕日が木々から漏れて、とても幻想的です。ベイ大通りから川岸のリバーフロント地区に降りるための石の階段があちこちにありますが、どれも朽ち果てていて、やけに急勾配で恐ろしいこと、この上なし。一応鉄の手すりが付いているので、これを頼って上がり下りします。古いから注意、危険を犯すのは貴殿の自由、と警告と責任回避の注意書きがそこかしこにあるのもなんとなくおかしい光景でした。
古くは奴隷の貿易、南北戦争の時は兵器と兵士の輸送、に使われた雄大なサヴァンナ川のほとりはレストランとお土産やで賑わって、リバーボートが2隻ばかり「ロマンテイックなデイナー クルーズをどーぞ!」とのぼりを立てて待ってます。
ホテルに帰ってから、有名な南部料理のレストラン、ピンク レストランや、色々と廻りましたが、日曜日だというのにどこも、予約なしはダメ、または待ち時間1時間半とすごい混雑で、通りでは車椅子の旦那様を連れた老婦人に「どこかすぐに入れるレストランを知りませんか?」などとせっつかれる有様。寒い風が吹き出したのですごすごとホテルに戻って、パチというレストランでイタリアン料理を食べたのでした。ハマグリのパスタは貝がたった8個ぐらいで、なんともみすぼらしく、残念なデイッシュでした。

翌日はハンスが調子が悪くなり、川下りのボートはやめにしてもっぱら街を歩き回って、有名な墓地を見たり、数々の公園に行っては疲れてベンチに座って目の前の噴水を眺めたり、ジョニー マーサー(1909年11月18日サヴァンナ生まれ、1976年6月25日脳腫瘍で死亡)のお屋敷を見て、彼が作詞した数々の曲、「ムーン リバー」や「ローラ」「オータムン リーヴス」彼が恋人だったジュデイー ガーランドに捧げた「アイ リメンバー ユー」などを思い出したり。
ジャーマン メモリアル 噴水もしっかり見てきました。ドイツ系移民が市に貢献した労をねぎらっての記念噴水だそうです。周囲の石のベンチが特徴だそうで、若いショーツのお嬢さんが数人座ってました。

遅い昼食を「マテ ファクター」というカフェで食べたのでお腹が空かず、夜はぐんと遅くなったために再びホテルのレストランへ。この夜はオリジナルのラザニアとスープなど。それまで私が風邪気味だったので、この夜初めてワインを注文、2杯のみにして、とても美味しかったのですが、ハンスの方が飲みたくないという二人のコンデイションがちぐはぐな珍道中です。
昼間はかなり暑くても、日が沈むとぐんと寒くなる4月下旬のサヴァンナの気候は旅人のバランスを崩しがちです。



4月17日到着直後、ブライス ホテルの中庭


スパニッシュ モスが垂れる木々、ホテルの前の通り。


階段の下は川岸の通り。古い階段ばかりで危険ゆえ自分で責任を取ることと警告してあります。

サヴァンナ川ほとりの古いレストラン


南北戦争では南部の心臓部だったサヴァンナ。

サヴァンナ川にあるジョージア州とサウス カロライナ州を結ぶ橋。

リバーボート、食事やコンサート用

リバーフロントの古いレストラン、その名も「コットン 取引所」

ブライス ホテル正面


突然馬車が通り過ぎました。

スパニッシュ モス が激しくくっ付いてます。

フォーサイス公園

墓地にあった黄熱病の記念碑

墓地

墓地

墓地

墓地

墓地の見事なスパニッシュモス

わんちゃん用糞溜め

墓地

貝殻が敷き詰められている歩行者用のグラウンド。

サヴァンナ墓地



聖ジョン(ヨハネ)教会

フォーサイス公園

フォーサイス公園

ジョニー マーサーの屋敷前


モントレー スクエア(マーサー邸の前)



「マテ ファクター」でルーベン サンドウイッチと卵とチーズのサンドウイッチのお昼

ジャーマン噴水(ドイツ系移民がいろいろ協力してくれた記念に建てたそうです)

マーケットにあるジョニー マーサーの像

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