YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
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Tuesday, March 3, 2015

TIMOTHY DALTON 2015

TIMOTHY    DALTON    2015

ダブリンの「ペニー ドレッドフル」(テレビシリーズ)のセット訪問で,テイモシー ダルトンに会いました。前にも書きましたが,1988年にメキシコ シテイーの「007殺しのライセンス」(89)のロケを訪れたと言う話を2年前にして、あまりの昔のことにびっくりした彼に,再び会ったら,しっかり覚えてくれてました。その時にいかに007の役をもっと続けたかったか、と言って話をしてくれて,こちらの方がびっくりしたのです。
薄くなった髪を隠しもせず,トレーニングウエアの様な超カジュアルな格好で,ふらっと現れ,しかし舞台で鍛えた声と格調のあるアクセントで話し始めると,やはり世界的な俳優の空気が放出されます。
1946年3月21日 ウエールズのデンビグシャー
(Denbighshire ) に生まれたものの、第2次大戦の空軍将校で特別オペレーション幹部だったと言う(スパイのようで、興味がありますが)父親の転勤に伴って,ダービーシャーのバルパーと言う町に移ります。父のあとをついで、軍人になる筈が16歳の時に見た「マクベス」に魅了され,名門ロイヤル アカデミー オブ ドラマテイック アーツに入学。

父御がどう反応したか分かりませんが,息子は意志を貫き,ロンドンの舞台の貴公子となって,数々の賞を獲り,「メアリー,スコットランドの王妃」(71)で共演した名女優ヴァネッサ レッドグレーヴと恋に落ち,17年間一緒に暮らし,ウエストエンドの最も有名なカップルの存在でした。

ともかく、今のテイモシーの飾り気の全く無い,背景に溶け込んでしまうような自然体は,そう言うドラマテイックな過去を経てこそなのでしょう。
「僕はウエールズの方言が全く話せないウエールズ人なんだよ。残念ながら」
わたくしが他のウエールズ生まれの俳優達は機会があれば、お国の言葉を誇り高く使うので、彼も話せるかと聞いた時の答えです。

大学の教授のような,知性と落ち着きが何とも素敵なテイモシーでした。
2015 ダブリンで。「ウエールズ語話せないんだよ」

2 comments:

  1. Hello,

    I live in France, close to Paris, and I discovered Timothy Peter Dalton, with the James Bond saga. I have read that this great actor s' had turned to theater, this is still the reality today in 2015?

    You look every feature to the companion of P. Timothy Dalton ... I'd be indiscreet to ask you if you are relatives!


    Beautiful day ♫



    Helène

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  2. Oops, you're a journalist of record stars :-)

    How lucky to know them a little, and meet them!

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