YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
ご連絡は  kazeto77yoko@gmail.com
まで。よろしく!

Tuesday, December 31, 2013

BENEDICT CUMBERBATCH

BENEDICT     CUMBERBATCH  
2012 Golden Globe Award Show


Dec 2013         HOBBIT: THE DESOLATION OF SMAUG


2013年のスターは何と言ってもベネデイクト カンバーバッチでしょう、と勝手に決めつけていますが。

アフリカ勢に負けない珍妙な名前を今年は一気に有名な時の人にしてしまったモメンタム。日本の雑誌ばかりでなく,タイムなど欧米の雑誌の表紙を飾り、公開された映画が

1。「スター トレック イントウー ザ ダークネス」
          STAR TREK INTO THE DARKNESS
最高の悪漢役と絶賛されました。アメリカのスターを朝飯前に食っています。

2。「12 イヤーズ ア スレーヴ」
           12 YEARS A SLAVE
本年度のアカデミー賞をはじめとする全ての賞でもろもろの部門で候補確実のアメリカ南部の奴隷を描いた怒号級ドラマ。監督,チヴォトレ エジオフォの激演,マイケル ファスベンダーのサデイステイックな奴隷主,そしてベネデイクトの心優しい荘園主と主要な人物が全て英国人,米国人監督で米国人キャストの「バトラー」を遥かに凌ぐリアリステイックな奴隷の生態を見事に描いています。

3。「ザ フィフス エステート」
          THE FIFTH ESTATE
ウイキーリークスのオースタラリア人,ジュリアン アサンジと言う実在の男の役をプラチナブロンドの髪で熱演。でずっぱりの主役でした。

4。「オーガスト: オセージ カウンテイー」
           AUGUST: OSAGE COUNTY
メリル ストリープとジュリア ロバーツがけたたましくわめく舞台劇の映画化。大勢のスターがひしめいていますが、ひっそりと陰で従妹に恋をするダメ男を大声の女優陣を支えながら静かに好演。

5。「ホビット 竜に奪われた王国」
          HOBBIT: THE DESOLATION OF SMAUG
響きの良い低音ヴォイスをさらに特殊マイクで低くして,おどろおどろしいドラゴンの声を担当。竜の存在がぐーんと強力になり,第1弾の「ホビット」よりはるかにエキサイテイングになったと言う声の凄さ。

6。「パレーズ エンド」
           PARADE'S  END
英国産のテレビドラマ。朝食と英国辞典と食べて、間違いを直すという英国一の頭脳の持ち主として評判になった男の生き方をゆっくりとていねいに描いています。
マドックス フォード マドックスと言う変な名前の小説家の有名な第1次大戦下の上流社会の生活を描いた原作をもとに、第1次大戦時の古いしきたりを守り,上に立つ人の責任と貴族の義務を果たすために,戦場に行って指揮を執り、恋を感じる女性を避け,遊び回る妻に利用されても我慢、と言う滅び往く貴族社会に生きる主人公を熱演。

7.「エルサレム」
          JERUSALEM
I MAX のスクリーンで見せるイスラエルの首都,エルサレムの歴史と文化を見せるドキュメンタリーのナレーシヨンをお得意のソフトで,明瞭な発音とクイーンズ英語のアクセントで流麗に語っています。


1976年7月19日 英国はロンドンに両親共に俳優と言う家の一人っ子として生まれ,親と違った道を歩んで欲しいと,チャーチルの母校,全寮制の名門パブリック スクールのハーロウに入学,末はオックスフォードからエリートの弁護士と言う親の目論みは見事に外れ,ハーロウの演劇コーチも目を見張る才能を見せ,一応親を満足させようと,マンチェスター大に進み,ここで法律学の基本の資格を得て,さて在学中の舞台に親を招待,ここで舞台が終わった息子に,「僕より遥かに才能がある。よく分かった。君が俳優の道を進む事に僕たちは諸手を上げて賛成する」と父御は涙を出して伝えたそう。
今でもこの時の感涙を思い出して,自分に鞭を打つのだとベネデイクトは情感を込めて何度も語っています。

「スタートレック」のプロモーシヨンでは、日本に続けて2回も来て,キモノを着たりの大サービス。たった1年の間に既に彼の事を約10本以上書いてきたので、今のところ書くのはうんざりです。又他の時に面白いエピソードを書きましょう。
このスピード出世スターメイキングが静まって,彼のほんものの価値が見直される日も近いはず。
今回はちとマニアックに写真を載せました。まとめてここに保存しておきたいと思ったからです。
「ホビット」2013


2013 ゴールデングローブ授賞式

2012    テレビ版「シャーロック」

2013「スタートレック」

2013「THE  FIFTH  ESTATE 」


2013  TIME  MAGAZINE COVER










Monday, December 30, 2013

DJIMON HOUNSOU

DIJAMON    HOUNSOU


西アフリカにあるBeninのコトノー(Cotonou)に1964年4月24日に, コックの父を持って生まれたジャイモン フンスーはスピルバーグ監督の「アミスタッド」(97)で注目されました。

現在 オスカー賞候補確実と見られている「12イヤーズ ア スレーヴ」(13)のチヴォトレ エジオフォと「マンデラ:ロング ウオーク トウー フリーダム」(13)のエドリス エルバと似たアフリカ系の俳優の一人です。
昔なら,こう言う覚えにくい名前をそのまま芸名にしなかったのですが,今は民族の誇りとある意味ではかえって,記憶に残る珍しい名前の方が効果を上げます。と言っても誰もが間違って発音したり,スペリングを忘れがちですが。

13歳の時にフランスのパリに渡り,最初は仕事がなく,ひどい苦労をしたようですが、高名なカメラマンにスカウトされ、モデルなどをしているうちに、俳優を志すようになったそう。
「学校で優秀な成績を示すのと外の世界で教育を受けて,知性を磨くのとどちらにしようかと悩んだが,僕は外での冒険を選んだ。パリでは仕事が全く見つからず,ホームレスの生活をして,ゴミ箱をあさる毎日だった。それでもそれが今の僕の良い肥料であり、経験になっていると確信している」
と「アミスタッド」の会見で可愛い笑顔を見せながら,答えてました。
187センチの長身に優雅な身の動き,英国のアクセントとジャイモンはアメリカの黒人にはない謙虚なエレガンスを湛えていました。

リドリー スコットに起用されて「グラデイエーター」(00)のラッセル クロウと共にしごきを受ける奴隷の役、
次の「イン アメリカ」(02)はアイルランドの監督ジム シェリダンが,自らの経験をもとに、アメリカでの移民生活を描いたサマンサ モートン主役の作品で,ジャイモンはボロなアパートの親切な隣人と言う役で見事アカデミー賞助演賞にノミネートされます。
レオ デイカプリオと共演の「ブラッド ダイアモンド」(06)はレオを凌ぐぐらいに,貫禄の存在感を見せてました。ここでもアカデミー賞助演賞にノミネート、と演技力が定まって,今では強力な黒人役と言うとジャイモンの名が挙がるように。

今まで3回会ってますが,おとなしくて,静かで,うちに秘めた繊細な感性が感じられるエレガントなジェントルマンです。アメリカに住んでいますが,ヨーロッパのアクセントが又,彼のスタイルをより洗練されたものにして,アメリカの黒人にたまさか、からかわれたり,文句を言われたりする事にも慣れて来た様子。

黒人の父親と韓国と日本の血が混じった母親を持つキモラ リー シモンズと言うタレントの女性と結婚,既にキモラの娘,アオキとミングの加えて,ふたりの間に息子が生まれ,彼の名は,ケンゾー(3人目だからだそう)と言うのだそうです。非常にオリエンタル情緒豊かな名前のオンパレードでしたが、ふたりは最近別居した様子。

最新の「ワイルド スピード」シリーズの第7弾 (主人公のポール ウオーカーが突然に事故死したために,目下、彼の出番を工夫している最中とか)に顔を出します。

今年は (つまり2014年度)アフリカ勢が揃っているアカデミー賞授賞式になりそうですが,希少価値が減ってマイナスに働くか,黒人の演技派の台頭がプラスとなるか、興味深い展開になりそうです。




1997  「アミスタッド」

Sunday, December 29, 2013

MAGGIE SMITH

MAGGIE    SMITH

スノッブ,高慢,特権意識,威厳,自己愛,虚栄心,排他的,エキセントリックな女性を演じる事にかけては,マギー スミスの両側 東西左右に出る女優はいないでしょう。
クリステン スコット トーマスがかなりその域に達しつつありますが,まだまだマギーの人目を全く気にせずに,おそらく独りでいるときも、つんつんとしているような、自尊心の固まりは感じられませんから。

きのう12月28日はデイム マギーの79歳の誕生日,そしてこのブログにずっと前に書いたと思って,チェックしたら,何と未だでした。わたくすの最も好きな女優の一人だと言うのに!!です。

そして未だ79歳と言う事実に驚かされました。もうこの十数年余り,80代に見える女性を演じてばかりいたのもその理由でしょうし,何と言っても彼女自身がわざとと言わんばかりに,しわしわの顔や首や手を露悪的に見せて,相手役を光らせるのか,こんなにババアでも,女優として人気を保てるのですよ、と誇っているのか,世界の老女優を励ましているのか,色々と理由は考えられますが,高笑いして,楽しげに演じているさまは、豪快にして,頼もしい限りです。

目下大人気のテレビシリーズ「ダウントン アビー」(10−)の女帝のような役は,上流社会の必要悪と言うか,スパイスですから、彼女がいなければ,貴族ファミリーも彼らに仕える召使いや執事たちも無味乾燥になるに違いありません。

1934年12月28日に英国はエセックス州のイルフォードに病理学医に父親と秘書の母親のもとに生まれ,父親はオックスフォード大勤務となり,マギーは名門大学都市に育ちました。この時代に秘書をしていた母親ですから、非常に自由で近代的な環境だった事でしょう。
オックスフォード大の演劇部でマギーは頭角を現し,59年からオールドヴィック座に所属して多くの古典劇をこなし,65年には,デスデモーナ役をローレンス オリヴィエのオセロと競演し、絶賛を博した舞台劇の「オセロ」の映画化にも出ます。
「ミス ブロデイーの青春」(69)は、女性版「チップス先生さようなら」とも言える私立校の教師のドラマです。新しい世界を教えようと努力する女性教師を演じるマギーの古いしきたりを無視するミス ブロデイーの勇気と反抗心,自転車に乗って登校する颯爽とした姿,ふたりの男性に好かれるマギーの困惑,まだまだ瑞々しい彼女の毅然とした教師はいとも新鮮で,今見ても感動を覚える映画です。この役でアカデミー主演女優賞を受賞。
共演のロバート ステファンスとは67年から74年まで結婚していました。舞台俳優として馳せたロバートは後にサーの位を受け,マギーもデイムの勲章を90年に受けています。
ちなみにヴァネッサ レッドグレーヴが舞台版のミス ブロデイーを66年に演じていたそう。

「カリフォルニア スイート」(78)ではマイケル ケインの妻をコミカルに演じてアカデミー助演賞を受賞。
その間にも舞台の賞も幾度となく受賞して,英国演劇界の女王のような存在に。
同じ年頃のレッドグレーヴは,パレステイナ支持運動など社会運動に積極的に参加して、反ユダヤ主義と言うレッテルを貼られ,メイン ストリートから外れていました。
「ムッソリーニとお茶を」(99)で初めてマギーと会いましたが,あの尊大な女性は殆ど演技の賜物で,ご当人は礼儀正しい,殆どシャイなレイデイーでした。
身長も165センチとあまり高くないのですが,舞台やスクリーンではぐんとスケールが大きくなる貫禄があるのです。

「私のオハコの役はグロテスクな女性の展覧会でしょう。私自身も刺々しい性格を持っているから,役の上でそれを拡大して,色彩も鮮やかにして,作り上げるのですよ」
と自分を過小評価して言うのもマギーの魅力でしょう。

88年にグレイヴス病(日本で言うパセドー氏病)にかかって薬で治療しているそうで,そのために目が飛び出ているのです。最近乳がんにもなって、これも治療したとか。
こう言う病気の事は当人はいっさい話しません。芸人たるもの晴れの姿のみ見せるべきと言うルールを厳守しているようです。
ジュデイー デンチとは親友の仲で,「ジュード」と呼んで,ジュードの優しさや謙虚な性格を,自分と正反対で,いつも癒される、と話しているのも何となく微笑ましいではないですか。はじめはジュード ロウの事を話しているのかと思ってしまいましたが。
「ハリーポッター」から。

最近の映画「マリー ゴールド ホテルで会いましょう」(11)といい、ダステイン ホフマンが監督した「カルテット!」(12)と言い、まだまだダイナミックな姿を見せています。
1999 「ムッソリーニとお茶を」







Saturday, December 28, 2013

BERNARD HILL

BERNARD    HILL


威厳に溢れたルックスのバーナード ヒルは「ロード オブ ザ リングス」(02−03)
2003「ロード オブ ザ リングス  王の帰還」
シリーズの2部と3部でセオデン王(King Theoden )を凛々しく演じた(もちろん)英国舞台出身の俳優です。

低い,重みのある声が又,格調を高めています。

ハリウッド映画は昔から,ナチの将校,偉人,大悪人,帝王や大王の類い,狂人か変質者(良い例,「羊たちの沈黙」のハンニバルを演じたアンソニー ホプキンズ)をよりパワフルに,過剰に演じてもらうには英国の舞台俳優を起用するのです。

1944年12月17日英国は,炭坑夫とカソリック信者に溢れたマンチェスターに生まれたバーナードは、小さい時はスポーツ選手を目指す強い少年でしたが、大学で演劇科へ。ここで最近亡くなった巨体の舞台俳優,リチャード グリフィスと親しくなったそう。

80年代はテレビで活躍、特に「ボーイズ フロム ブラックスタッフ(82)のヨサー ヒューズと言う役が炭坑夫と言う労働者の代表だった為に当時のサッチャー首相に反抗する気風に合って,じわじわと人気が出たのです。

「ガンデイー」(82)にも小さいながら,光る役を得て,「バウンテイー」(84)にもちらりと出ていますし,リバプールの庶民のおばさんが浮気心を感じてしまう「シャーリー バレンタイン」(89)では主役を演じたポーリーン コリンズの亭主役と色々な役をしています。

メガヒット映画の「タイタニック」(97)でエドワード スミス船長を演じて,その勇ましくも,礼儀正しいハンサムなルックスが注目され、次の大作「ロード オブ ザ リングス」への出演依頼が入ったそう。最初はガンドルフの役を勧められたそうでしたが,日程が合わずに,3編全てに出演出来るイアン マッケレンがあの仙人風の役を手がけました。

空手のパープルベルト段のバーナードはアクシヨン場面で張り切りすぎて,胸骨が折れたり、耳を切ったり、名誉の負傷も記録したそうです。

そしてトム クルーズがナチの将校にして,ヒットラーを倒すグループの首脳を演じた「ヴァルキューレ」(08)では砂漠に駐屯する(言うまでもなく)ナチの将校役を演じていました。
本人は,ルックスは権力者でも人柄はパブでエールをぐい飲みして,プレミアリーグのゲームを騒ぎながら楽しむようなブルーカラーの気さくなおっつあんでした。







Friday, December 27, 2013

MICHAEL SHEEN

MICHAEL    SHEEN


英国首相のトニー ブレアの役を3回もしたウエールズ出身のマイケル シーン。生まれつきのくるくるカール髪に,くるりと上を向いた鼻,スリムで小柄な体からフルスロットルのエネルギーを出す怪傑俳優でしょう。

1969年2月5日英国ウエールズは,ニユーポートに、英国鉄鋼会社の営業部長で、ジャック ニコルソンの物まねが玄人はだしと言う父親メイリックと秘書の母の間に生まれ、
育ったのは同じくウエールズのポート タルボットと言う鉄鋼の町。この町からかの有名なリチャード バートンとアンソニー ホプキンズが出たそう。

「鉄鋼産業が衰えて,失業者が溢れ帰り,長年の煤がこびりついているような,何とも憂鬱な町だった。負のエネルギーが充満して,怒りが吹き出していた。だからこそバートンやホプキンズのような傑出した俳優がここから暗い,怒りのエネルギーを吐き出しながら,出世したのだと思う」
と後にマイケルは述懐しています。

物まね名人の父と舞台が大好きな母のもと,マイケルは小さい時から抜群の舞台度胸と器量を見せ,サッカーの選手になろうか、と一時は考えたものの,ブリストル オールド ヴィック 演劇校へ。
ここで水を得た魚のように,活き活きと役を演じ,学校を卒業する前にウエスト エンドの劇場に誘われたのです。

94年、ユキオ ニナガワ(蜷川幸雄監督)の劇「ピーアー ギント」(Peer  Gynt)の主役で批評家に絶賛され,すぐあとに「ヘンリー五世」のタイトルロールを演じた時は,まだ25歳でしたが,「華奢な体にボーイッシュなルックスと言うハンデイをものともせず,巨大な役を平然と演じて、舞台上の存在感はベテランの境地」と書かれた程。
「僕の第2のホームは舞台の上。それほど居心地が良い」
と彼自身も言ってます。

舞台で「カリギュラ」(03)の頽廃と放蕩のローマ皇帝を演じた時は,ローレンス オリヴィエ賞を晴れて受賞。

映画は,ジュリア ロバーツとジョン マルコビッチ主演の「メアリー ライリー」(96)で,ジキル博士の従僕の役でデビュー,「ワイルド」(97)ではオスカー ワイルドの恋人のひとりを演じています。
93年の「から騒ぎ」の舞台で共演して,意気投合し、一緒に住むようになって、99年にはリリーと言う娘も生まれた恋人のケート ベッケンセールの招きで「アンダーワールド」(03)に出演,この撮影中にケートは監督のレン ワイズマンと恋に落ち,翌年ふたりは結婚すると言う,運命の不思議が起こりました。
「マイケルは私の最も大事な人。プロポーズを待っていたけれど,長いこと一緒に生活しているうちに,ずっと家にある図書館で借りて来た本みたいに,何となく自分のもののような気分になって来てしまって」
とオックスフォード大卒業のケートの鋭い表現を加えておきましょう。
マイケルも理解のあるタイプで、
「僕にとってケートは永遠に愛を感じている女性。ラッキーな事に僕らは喧嘩別れでなく,順帆の状態で別れ、彼女のハズのレンとも良い友人関係を保っている。ケートがロスアンジェルスに住む事になり,僕も娘に会いたいから,ロンドンとロスに住む事にした。天気も良くて,良いところだが永久に住みたいところではないね」
と淡々と語っていました。

マイケルの映画は,「ブライト ヤング シングス」(03)でのロンドンのハイソサエテイーのメンバーの役はジエイムス マカヴォイらに混じってのアンサンブルキャスト、プロサッカーの監督を熱演した「DAMNED  UNITED 」(09)がまず最初の主演代表作でしょう。リーズ ユナイテッドと言うチームのブライアン クロウと言う個性的な監督の実話の映画化でした。

ヘレン ミレンがオスカーを受賞した「クイーン」(06)ではトニー ブレア首相の役を,軽妙に実物大に演じてますし、「フロスト & ニクソン」(08)では実在の敏腕記者,デヴィッド フロストをカミソリのようにシャープに演じています。

素顔のマイケルは,軽妙洒脱で,自己虐待のユーモアを連発する英国舞台人らしい楽しい人です。
カナダ出身の女優のレイチェル マクアダムスと10年から13年まで交際していたそうですが,ケートと言い,レイチェルと言い,その間に存在していた女性もみんなとびきりの美人で、彼の女性に対する知的/性的アピールがよく分かりと言うものです。

現在テレビで放映中の「マスター オブ セックス」(13−)ではセックスのオーガズム研究の権威,ウイリアム マスターズ博士を熱演。60年代の男尊女卑のルールがセックスのリーダーシップに反映している社会のドラマで,中身が詰まった面白いドラマです。
2008  「フロスト & ニクソン」







Thursday, December 26, 2013

PETER O'TOOLE

PETER      O'TOOLE


2013年12月14日に81歳の華麗なスター人生の幕を閉じたピーター オトウール。
思い出しても胸が熱くなる,きらきらとした巨大な存在でした。ブラッド ピットとかジョニー デップ,少し前のロバート レッドフォードやショーン コネリーなどとは全く異なるカリスマ性を持った,シェイクスピアを酔っぱらって引用する古典派のスターでした。
同期のリチャード ハリスやリチャード バートンのように舞台の後に夜明けまで飲み明かし,近ずく女性をたっぷりとエンジョイし,放蕩をしながら,パワフルなパーフォーマンスを見せてしまうエレガントなならず者の魅力に溢れてました。張りのある声で,格調のあるアクセントを行使して、はっきりと発音し,抑揚もドラマティックに、語りだけで,聞いている人を陶然とさせてしまうテクニックも素晴らしいものでした。現代のスターたちのぶつぶつつぶやいては,品性の無いヴォキャブラリーを使う(そしてそれがクールだと思っている)話し方にうんざりしている人もたくさんいます。

彼の事を以前にこのページで書いたような,書いてないような。
かなり前にキネマ旬報の書いたので,それとごっちゃになってしまっているのかもしれませんが、大好きなピーターへの改めての感謝と憧憬の念を込めて,少しだけエピソードを紹介しましょう。


もちろん「アラビアのロレンス」(62)の美しく,強烈な存在感を見せるピーターは壮絶に素敵ですが,「将軍たちの夜」(67)のナチの将軍の役も妙に気になります。英国の俳優は得てして,より面白みがある悪漢を演じたがり、特にナチの将校役をほんもののドイツ人俳優より,格調高く,あるときは卑劣に,不気味に演じ上げます。
この映画でのピーターは,異常性,猟奇性,虚栄心と優越感と言うナチのシンボルのような性格をヴィヴィッドに見せ,ホラー映画の域にしてしまったような。

実は彼には3回程会見して,色々な話を聞いていますが,自伝を書く時,ヒットラーの写真をデスクに置いて,発奮しながら書いた,自分はどこかにナチとの類似性を見た,てな発言をしているのです。こう言うコメントはアメリカでは絶対にしません。ハリウッドもマスコミもユダヤ系に溢れ帰って,ナチシンパなどと一言でも冗談でも言おうものなら,即刻ボイコットですから。
ピーターは,英国人のナチ嫌い,ドイツ人嫌いを百も承知で,露悪的に大げさに劇的に仕立て上げたのではないかとわたくしは考えます。「ロード ジム」(65)も不思議な人物を演じて。それが又非常に魅力的ですし,「チップス先生さようなら」(69)のパブリックスクールの引退する教師の話は思い出しても涙が出ます。「カリギュラ」(79)を見に行ったときは,前宣伝のエログロ要素を用心して,かなりのシーンで目を背けましたが,妙に印象に残っています。
「スタントマン」(80)や「マイ フェイヴァリット イヤー」(82)での映画界の裏話と後者では,エロール フリンのパロデイーのスターぶりがとびきり愉快でした。

歳を取ってからの映画は,見ていて辛くてあまり好きではありません。
75年頃に腹部の悪性腫瘍で死ぬのは時間の問題と言われたものの、奇跡的に復活しましたが,長年のアルコール中毒や乱暴な生活のために,あの透き通る青い眼やノーブルなルックスが,かなり褪せてしまって、ちと病的な面が強調されて来たようだからです。例えばリチャード バートンやジーン ハックマンのような最初からあまり美形でないスターが老人になるのは許せても,タイロン パワーやジェラール フィリップのような美男子の崩れたルックスは見たくないのです。

ですから、「トロイ」(04)や「ヴィーナス」(06)での演技が評価されてますが,わたくすは目をそらすばかりでした。
永遠にアイリッシュのピーターは,英国女王からの騎士の称号は受けられませんが,それでもいたずらっぽく「ロード(卿)と呼ばれるのも悪くはないね」と言ったり,どんなフォーマルな服のときでも緑色のソックスをはいていたとか。

天国だか,大好きだと言う煙が充満した暗い場所でムフフとほくそ笑みながら,グラスを傾けて、下界の人々を眺めている事でしょう。


2004  「トロイ」