YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
ご連絡は  kazeto77yoko@gmail.com
まで。よろしく!

Wednesday, July 31, 2013

BILLY CRUDUP

BILLY    CRUDUP


ビリー クルーダップはかなりエキセントリックなタイプの俳優です。何が一番スキャンダラスだったと言うと恋人の女優,メアリー ルイーズ パーカーが彼との間に出来た赤ちゃんがまだ妊娠7ヶ月だった時,一緒に「ステージ ビューテイー」(04)と言う映画に出ていたクレア デーンズと恋に落ち,臨月の彼女を捨てて,クレアのもとに走ったのですから。このためにかなりの女性と男性がビリーに幻滅したのは確かです。メアリーもクレアも今は全く別の男優と結婚しているのも何とも素早いハリウッドのロマンスドラマであります。


2000 「あの頃ペニーレーンと」
ビリーは1968年7月8日,ニユーヨーク州のマンハセットに,ウイリアム ゲイサー (Gaither)クルーダップとして生まれ,3人兄弟のまん中として育ちました。祖父はフロリダで活躍した弁護士,両親は離婚してから再び同じカップルで再婚したそうな。子供の時から物まねが上手で,高校生の時は舞台で張り切り、大学時代から本格的に俳優を目指し,「スリーパーズ」(96)でブラッド ピットと共演したり,「タイタニック」(97)ではほとんど主役を得るチャンスが会ったにもかかわらず,興味を見せなかったと言う,選択に厳しい職人風タイプと言えましょう。

当人は非常に注意深く,言葉を選んで、私生活の事は全くを語らない厳しいルールを全うする,難しいインタヴユーを課すタイプ。仕事の事は喜んで、自信を持って話してくれますが。
「ハイ ロー カントリー」(98)はウッデイー ハレルソンといさかいを起こすカウボーイ役をスタイリッシュにこなし「あの頃ペニーレインと」(00)では,追っかけファンのケイト ハドソンが崇拝するロックスター,ラッセル ハモンド役を演じています。

舞台でも活躍して「アーケデイア」(11)ではトニー賞を受賞と余りスポットライトが当たらない場所を選んで,地道に俳優としてのレンジを広めているような生き方が,ビリーの頑固そうな性格を覗かせていると思うのですが。

1996  SLEEPERS

Monday, July 29, 2013

ANGELA LANSBURY

ANGELA   LANSBURY


テレビの「ジェシカおばさんの事件簿」(84−96)で人気者になったアンジェラ ランズベリーですが,原題は「マーダー,シー ライツ」(殺人事件を書く女性)ともう少し恐怖感が加わっているのです。友人の俳優がアンジェラの演技を見て,常に頭を動かし,手を動かし,目を動かす彼女はオーバージェスチュアでみっともない,と厳しい批判を言ってました。もっともこのテレビドラマでは隣のおばさんの探偵ものですから英国出身の名優といえどもかなり喜劇的に演じようとオーバーになったのかも。

何と言っても「影なき狙撃者」(62)のローレンス ハーヴェイの母親役です。実際には3歳年上だけのアンジェラはハリウッドの典型的年寄りメークを拒んで,ほとんど素顔と自分でしたメークで役を演じ,それが又凄味をましたと言えましょう。今で言うコントロール マザーで息子を自分の好きなように扱うあたりの彼女の表情はそこらのホラー映画よりずっと怖いですから。原題は「マンチュリアン カンデイデート」と言ってジョン フランケンハイマー監督,フランク シナトラ,ジャネット リー,ヘンリー シルヴァなどの曲者俳優が朝鮮戦争直後の政治界の疑惑を描いたスリラーで,最初に見た時は訳が分からなかった心理ドラマです。

初めてアンジェラに会ったのは,デイズニーのアニメ「美女と野獣」(91)でテイーポットのミセス ポッツの声を担当した時。日本で公開されるアニメは日本の声優なり俳優が手がけますが,現地版はいつもベテランの俳優を選びに選んで,最高の,そしてギャラもしっかりと高いスターたちを配役します。どこかで聞いた事がある声がきつねやバンビになって台詞を言うと楽しさとレベルがグンとアップしますから。
「私は舞台が大好き。本番前の恐怖感と戦うのはもちろん強大なプレッシャーになるけれど,それが私を向上する力でもあると信じています。でも劇場の席はせいぜい500人分位しか無いでしょう。テレビに出るとあっという間に何百万人もの人が見てくれる。そのインパクトと影響力は利用するべき」
と例のちょっと険のある甲高い声で言ってました。どことなくブルドッグに似ているところも取っ付きにくい原因かも。

1925年10月16日英国はロンドンに生まれて,父親は共産党の政治家,母親は女優で,裕福なアッパーミドルクラスの育ちを経て、女優志願となったアンジェラは1940年にアメリカに出てきて2年後にMGM スタジオの契約女優となります。
「ガス橙」(44),「ドリアン グレイの肖像」(45)で続けてオスカー候補になって,演技派として認められ,美貌で勝負ではないため,映画では性格女優として生き抜いてきました。

最初の夫がゲイだったりと言うスキャンダルがありましたが2番目のハズバンドとは安定した家庭生活を共にした様子。

1979年にはブロードウェイで「スウィーニー トッド」を演じて,喝采を得ました。

80歳を優に超した最近も一人芝居などに迄挑戦して,しっかりベテラン舞台女優の誇りと勇気を見せているシニアーの鑑のような存在です。
1991 BEAUTY  AND  BEAST

Sunday, July 28, 2013

PAUL HOGAN

PAUL   HOGAN


懐かしい「クロコダイル ダンデイー」(86)のオーストラリアのスター。
実物のポール ホーガンは肌は真っ白,金髪の痩せぎすの小柄な男性で,とてもジャングルでワニを生け捕りにしているツワモノには見えませんでした。
1939年10月8日,オーストラリアのニユー サウス ウェールズにあるライトニング リッジ(雷の尾根)と言う凄い名前の街に生まれ,小さい時から創造性豊かで,すばしこかったそうです。
敏捷な体を活かして当時建設中のシドニーの有名なハーバー ブリッジで綱渡りのような仕事をしたリ,テレビに出るようになってからは「ポール ホーガン ショウ」(73−84)がヒットして,喜劇的なセンスを売り物にしてました。
86年の大ヒット「クロコダイル ダンデイー」で会ったときは,既に47歳でしたが,しゃべり方や動きがとても若々しかったのを覚えています。もっともアウトドアーにいる時間が長かったせいか,皺が多かったのも事実です。

アカデミー賞脚本賞候補になった86年の授賞式で,ゲストとしてスピーチの心得のスピーチ!をした時「大事なのは3個のGですよ。まずグレーシャス,そしてグレイトフル,それからゲットオフです」と言って大拍手を受けました。最初のGはお行儀良く,次は感謝の気持ちを込めて,そして3番目はすぐに退場するべし!と言っているのです。
1986
  CROCODILE   DUNDEE


当時のオーストラリア観光局のテレビCMで「グッダイ!カム ツー マイ ハウス ダウン アンダー。アイ ゲット シュリンプ オン ザ バービー」とオーストラリア訛りの呼びかけが評判になりました。ダウン アンダーは下にある国,つまりオーストラリア,バービーはバーベキューです。後に政府から観光促進に協力したと勲章を受けたとか。

共演女優のリンダ コズロウスキーと親しくなって,長く暮らした妻と別れて,「クロコダイル 第2弾」(88)で再び共演したあと、90年に結婚。リンダは1958年1月7日にコネテイカット州のフェアフィールド生まれのアメリカ人で約20歳年下、当時はスキャンダラスに取り扱われていました。以来ふたりはおしどり共演を続けてます。

90年から2000年迄はスバルのアウトバックのCMもしていました。

2001年の「クロコダイル ダンデイー イン LA」以来半分引退の身分ですがオーストラリアの税務所の取り調べを受けたり,スイスの銀行預金の疑惑など金銭関係の問題が山積みのようですし,最近のイベントでは豪華に装って現れたリンダが余りに整形して別人のようで、人々があれは誰か?と指し,傍らにポールが居たためにポールの妻に違いないと判断されるなど,あまり芳しくないニユースが出回っています。

CHRISTINE BARANSKI

CHRISTINE   BARANSKI

有名ではありませんが,顔を見ると思い出す筈の歌って,踊って,演技も最高と言うトリプル スレットのベテラン女優、クリステイン バランスキーです。
名前からも察せられるようにポーランド系のアメリカ人で
178センチの長身とつんと高い鼻が舞台映えするスタイリッシュな姿は映画,テレビ,舞台のどこでも目立つのです。

1952年5月2日ニユーヨーク州のバッファローにポーランド語の新聞の編集をしていた両親のもとに生まれています。祖父母は祖国ポーランドの舞台俳優だったとか。

ずっと昔,シビル シェパードが主役だったテレビドラマ「シビル」(95−98)でビバリーヒルズのリッチな女性を華麗に,意地悪く怪演してお茶の間の人気者に。映画でもテレビでも魅力的な悪人/悪女を演じると主役のすました美男美女よりずっと注目を集めると言う掟があって,それ故に演技に自信がある俳優たちは,悪役で勝負するのです。

クリステインは子供の時から頭が良くて,19歳の時に名門ジュリアード学院に奨学金で入学,在学中も頭角を現し,最も勤勉にして,クラス外の仕事でも頑張ったと学習用の本やもろもろの費用にとボーナスをもらいます。ちゃっかりこれを使って彼女は2ヶ月間ヨーロッパを回っての現地実践レッスンに当てて,ここでますますヨーロッパのシックなセンスを身に付けたのでした。
テレビと舞台が主ですが,ミュージカル「シカゴ」(02)やメリル ストリープ主演の「マンマ ミーア」(08)で,半分しろうとのキャスト,アマンダ サイフレッド,ピアーズ ブロスナン,コリン ファースらとは基本が違うプロのダンスを歌と鮮やかな動きを見せてくれてます。

現在はテレビ番組「グッド ワイフ」と言う女弁護士のドラマに法律事務所の女ボスの役で,豪華なドレスを着こなして,てきぱきと命令を下す格好の役を熱演中。

「絶え間ない努力は若さのみなもと。それなりの年になったら、頑張りすぎず、でもあきらめないで体を動かして,リズムを生活に取り入れましょう。綺麗なものを画廊や美術館で眺めるのも美容のひとつ。インテリアをたまに変えるのも
心の躍動につながりますよ」
と61歳のクリステインはきびきびとした口調で説くのでした。お手本にしたいとびきり上等の知性とスタイルを持った女優です。
2012 「GOOD WIFE」

Friday, July 26, 2013

ANTHONY MACKIE

ANTHONY   MACKIE


気鋭の新人,アンソニー マッキーは画面に出ているとシャープでハンサムなルックスが映像を引き締め,突風のような空気の揺れを持たらす,将来性抜群の雰囲気の持ち主。

マット デーモンと共演した「アジャストメント」(11)(何と言う好い加減な邦題でしょう!現代は「ADJUSTMENT BUREAU」でもっと空想科学上の恐ろしい警察機構をほのめかしていると言うのに)では粋な帽子がスタイリッシュな味方なのか?敵なのか?の謎の役を手がけてました。
ヒュー ジャックマンが主演,古いロボットを改良してロボット対戦大会に出場させる「リアル ステイール」(11)でもいい味を見せてましたし,サム ワージントン主演の「崖っぷちの男」(12)にも顔を出していました。

1979年9月23日ルイジアナ州ニユーオリンズに生まれ,父親は技師、ニユーオーリンズのルイス アームストロング空港の屋根を施工したチームのひとりだそう、それなりに安定した家庭に育ち,親と同じ職業にするかと工業学校に進むものの,宇宙シャトル、チャレンジャーの事故を見て動転,技術やエンジニアリングに興味が無くなった事と「どうも女の子に持てそうも無い」,と進路を180度転換。

と言うのは本人の照れ隠しで、この時母親を失い,劇場でのパーフォーマンスに集中して,寂しさを忘れようとしたのが
きっかけですっかり俳優の楽しさにはまってしまった模様。
兄上のカルヴィンは父親のあとを継いでエンジニアとなり,現在はチュレーン大学の助教授ですって。

大学4年生の時、ジュリアードでの週末のトレーニングに出席して自身を得たアンソニーはブロードウェイの舞台に出るようになり,「トーク」(02)と言う舞台でオビー賞を獲得。同じ年にエミネム主演の「8 マイルズ」で映画デビュー。「ミリオン ダラー ベイビー」(05)では,老獪なトレーナーのモーガン フリーマンに軽く干されてしまう、大口叩きの生意気なボクサーを演じて注目されました。

「ハートロッカー」(08)での爆弾専門チームのひとりとしてストレスに打ちのめされる兵士の役で2度目の独立映画功労賞を得ます。

「俳優にとって,一番大事なのは人々を観察する事。ストリップクラブやバーで人間の動きや表情を観ているのは,役作りに巨大なプラスになるのです」
などと半分ふざけて言うのが彼の楽しい性格を見せてます。

最近の映画「ペイン アンド ゲイン」(13)ではマイアミで実際に起こったドラッグ取引チームの信じられない程,出来の悪い誘拐事件のお馬鹿グループのひとりを熱演。マーク ワールバーグとドウェイン ジョンソンが他のふたりのお馬鹿グループで,見所は3人のむきむき筋肉のトレーニング中毒のボデイーでしょうか。

「ギャングスター スクアッド」(13)、ショーン ペン、ライアン ゴスリング,ジョッシュ ブローリン,エマ ストーン(ギャングの情婦役ですが,高校生劇のルックスとレベルと酷評されてました)と上手な俳優たちが,過剰にいきがって,中身の薄い映画になってしまったと言われた作品にも出ています。



2011「アジャストメント」
2013「THE FIFTH ESTATE」
もともとジェイムス キャグニーが好きだった(渋い好みなのも彼らしい)ため,俳優を目指したのだそうですが,この「ギャングスター。。」は,企画と予定スターの煌めきで参加したのでしょう。勿体ない意欲作になってしまいました。

楽しみなのは今年冬公開の「ザ フィフス エステート」と言うオ−ストラリアのウイキリークの創立者,ジュリアン アサンジをベネデイクト カンバーバッチがプラチナ ブロンドになって取り組み、ダニエル ブルール(ドイツ人俳優)やローラ リニーなど技で勝負の俳優たちが並んでいる映画で、アンソニーも張り切って顔を出しています。
2013  「ペイン アンド ゲイン」

Thursday, July 25, 2013

EMMANUELLE SEIGNER

EMMANUELLE    SEIGNER

フランスはパリ生まれ,夫はローマン ポランスキー,祖父はコメデイー フランセーズの会長だったルイス セグネーと言う環境に恵まれたエマニュエル セグネーは大柄で,骨っぽくて,顔も造作が大きくて,一般のパリジエンヌのイメージではありません。
それでも14歳からモデルとなって,世界中を回ったとか。アンジェリカ ヒューストンも体も頭も顔立ちも大きいですがゴージャスなモデルでした。強烈な性格を見せる立派な顔だちは写真家のインスピレーシヨンを刺激して,よりドラマテイックな写真が撮れます。ドレスより着ている人間の方が目立ってしまいますが。

1966年6月22日パリにフォトグラファーの父親とジャーナリストの母親の間に生まれ,モデルから女優,そして歌手としての才能もあるマルチタレントなのはやはり両親から受け継いだ創作意欲の賜物でしょう。
2007   「潜水服は蝶の夢を見る」
1989年にローマンと結婚,今はふたりの子供が居て,息子の名前はエルヴィスですと。
ローマンはハリソン フォードを主役にした「フランテイック」(88)と言うサスペンスドラマにエマニュエルを起用して,ここからふたりのロマンスが展開したと言います。
ヒュー グラントとクリステイン スコット トーマスが出ている「ビター ムーン」(92)では彼女の個性的でアニマリステイックな魅力が光ります。

ローマンがジョニー デップを使っての「ナインス ゲート」(99)は意味不明の悪魔など出てきて,エマニュエルは全裸となってジョニーを誘惑したりのいかにもポランスキーらしいスリラーでした。

この写真はアメリカの画家のジュリアン シュナベルが監督した「潜水服は蝶の夢を見る」(07)からのもので、フランスのジャーナリストが事故で半死状態となり、動かせるたったひとつの肉体部分の目を1回瞬くとイエス,2回だとノーと言うコミュニケーシヨン手段で,本を著すと言う実話をもとにしたストーリーで,エマニュエルは彼の手伝いをする役でした。主役はフランス人俳優のマチュー アマルリックで心が痛み,次はこんな肉体状況でも創作は出来る!と言う励みが湧いて来る傑作です。

エマニュエル当人は,英語も達者で,夫君より遥かに逞しく,図太い神経の持ち主のようで,だからこそふたりの絆は強く,安定しているのだなと思いました。


Wednesday, July 24, 2013

DIEGO LUNA

DIEGO   LUNA


デイエゴ ルナとガエル ガルシア ベルナルはメキシコのマット デーモンとベン アフリック。幼なじみで,大人になっても仲良く一緒に映画に出たり,家族ぐるみで休暇に行ったりしつつ,スターの座をしっかり保っているでしょう。

デイエゴは1970年12月29日,メキシコシテイーにデイエゴ ルナ アレキザンダーとして誕生。父親は映画やオペラのセットデザイナー,母親は英国人でデイエゴが小さい時に亡くっています。
父親にくっ付いて現場に行っているうちに舞台に出たり,映画の役を貰うようになって技術を磨きます。

「僕は大学には行かなかったけれど,職場では出来る限り色々な専門家の仕事を観察し,質問し,たくさんの事を学んできた。今も変わらずクルーや脚本家,あらゆる人の仕事ぶりを見て,彼らのアイデアを僕の知識の金庫に貯めている。
2008 「ミルク」
現場での学習が一番だと信じてるし、共同体がつながるのも凄くプラスになると思う」

と殊勝なデイエゴは童顔ですが,力作にどんどん挑戦して頼もしい成長を見せてます。
「天国の口,終わりの楽園」(01)ではガエルとテイーンエイジャーの冒険と痛みをビビッドに見せました。監督も今は世界的になったアルフォンソ キュアロンで,この作品はヴェニス映画祭でマルチェロ マストロヤンニ賞を受賞。

「ワイルド レンジ・最後の銃撃」(03)ではケヴィン コスナーと西部劇,「ミルク」(08)ではショーン ペンのゲイの友人などとハリウウッド映画でも活躍して居ますが,本領を発揮するのはやはり母国語で自然に演技が出来る作品のようです。

同じメキシコ人の女優,カミラと08年に結婚,2児を設けますが最近離婚したよう。

「ルド&クルシ」(08)はガエルと異母兄弟,お互いにサッカーの選手を目指すコメデイーで,メキシコの鄙びた田舎や都会の誘惑などが面白く描かれてます。

新作SF映画「エリジアム」(13)では,金持ちの楽園的地域,エリジアムに挑戦するマット デーモン扮する反抗軍のひとりとして,ラテン男の義理と男意気を見せています。
この時に会見での長髪がまるでキリストみたいだけれど,そう言う役をするの? と聞いたら,怠慢でだらしなくしているだけ,とにっこりしていました。


2013「エリジアム」

Monday, July 22, 2013

RUTH WILSON

RUTH   WILSON


英国以外ではまだ全くの無名のルース ウルソンは一度見たら忘れられない容貌の持ち主です。柳型の眉に大きな目,そしてアヒルのように上唇がとんがって,いつもキッスをする瞬間の様に見えて,すべてが流線型のセクシーな顔立ちなのです。
1982年1月13日英国はケントに生まれたルースは4人兄弟の末っ子にしてたった一人の女の子でした。大学に入る前にファニーフェイスが認められてモデルになったりもして
ノッテンガム大では歴史を専攻する傍ら,演劇部に。お次ぎはロンドンの演劇アカデミーへ。
2006年のテレビ映画「ジェーン エア」の主人公の役を得てゴールデン グローブ賞,英国アカデミー賞,などにノミネートされ,舞台では「欲望という名の電車」(10)のステラの役を熱演してオリヴィエ賞を受賞します。傲慢で自分の老化を見たがらないブランシェの役はレイチェル ワイズがしたそうな。
ルースが有名になったのはテレビシリーズ「ルーサー」(10−)のミステリアスにしてセクシュアルなルース(同じ名前の役)モーガンの役を演じた時。主役はジョン ルーサーと言う敏腕だけれど,勝手に走り回る反逆刑事で英国で今最もセクシーと言われている黒人俳優のエドリス エルバがダイナミックに演じています。ルースとルーサーは時どきセックスをし,もろもろの謎のような会話を交わして,長いこと別れていて,又会うと謎の情事をして,ファンたちはいったいルースは誰なのだ!とやきもき。このシリーズは極めて暴力的で,最初か2回目でルーサーの別居している妻が殺されたり,信頼している相棒が実は!だったりと見ている方が仰天のショッキングなプロットが展開します。

キーラ ナイトリーがタイトルロールを手がけた「アンナ カレニーナ」(12)に出演したのがルースの映画デビューでした。
そして今年(13)のジョニー デップがトントを怪演する「ローン レンジャー」でルースはローン レンジャー(アーミー ハマー)の恋人役と言う大役を得ます。
「ジョニーはびっくりする位親切で細かい心遣いをしてくれて。ハリウッドの大作の現場は全てが豊かで,朗らかで,まるでデイズニーランドみたいでした。アーミーは愛妻家で,いたずら好きのお茶目な坊やみたい。ニユーメキシコのロケも本当に西部劇が残っている土地で,すっかりカウガールになった気分で仕事をしました」

次も大作でウオルト デイズニーをトム ハンクスが演じる「セイヴィング ミスター バンクス」と言う映画で,ルースはメアリー ポピンズの作者(エマ トンプソン)の母親の役,つまり昔に戻ったときのシーンに登場します。予告編を見ましたが,ハンクスがコミカルで人情味たっぷりのデイズニーになってました。
それからリアム ニーセン主演の「A WALK AMONG THE TOMBSTONES」と言うスリラーに,英国の大人気テレビシリーズ「ダウントン アビー」で有名になった(しかし拘束が嫌で,せっかくの貴族の美男子役を辞めたいと言って,第2シーズンの最終回に空中を飛ぶ自動車事故で死んでしまいます。ファンたちの盛大な応援にも関わらず,でした)ダン ステイーヴンスと共演,顔ぶれが面白そうです。
DAN  STEVENS

2013「ローン レンジャー」

Saturday, July 20, 2013

MICHAEL GAMBON

MICHAEL   GAMBON


「お前,女王から騎士の勲章貰ったんだって? アイルランドの誇りはどこにいったんだ! サドの英国に忠誠を誓うなんて,呆れたこった!」
「いや,そう言ったって僕は5歳の時にロンドンに移って来て,親父が将来のためと英国籍を取ってくれたから,僕は生粋のイングリッシュなのさ。本当はみんな欲しいのに,意地はって,勲章なんぞ糞食らえ,なんてほざいているのも大人げないね」
リチャード ハリスとマイケル ガンボンのやりとりを勝手に想像して書いて見ました。
二人ともアイルランド生まれ,ハリスが2002年10月25日に亡くなった後,ガンボンが「ハリー ポッター」シリーズのダンブルドーア校長の役を引き継ぎました。
ピーター オトウールやリチャード ハリスはアイルランド人を貫いたので英国女王の覚えはめでたくないのです。それで騎士の勲章は彼らには無縁なのです。もちろん英国人でも拒否する人たちも居ます。

ともかくガンボンは1940年10月19日ダブリンに生まれ,父親は技師,母親はお針子と言うブルーカラーの家で育ち5歳の時に父親の決心で家族全員ロンドンに移住。21歳で工業学校のような専門校を卒業して,エンジニアの資格を持ち,同時に演劇学校で優秀な成績も示し,結局は舞台の道に進みます。
ローレンス オリヴィエと「リア王」や「オセロ」を共演して技を磨き,映画デビューは「オセロ」(65)でした。

父から受け継いだ機械への興味と技師の技術を持つこともあって,ガンボンは飛行機の免許を持ち、
2004 「ハリー ポッターとアズカバンの囚人」
銃器,時計,クラシックカーなどのコレクシヨンで有名だそうで,それを修理,維持,改良する事に情熱を燃やすそうな。車庫で油まみれになって、にきにきとするガンボンの顔が想像できます。


メグレ警部 テレビシリーズ
舞台での彼は183センチの体とバリトンの声が凛々しく映えて「ザ グレイト ガンボン」とボクサーのようなニックネームが付き,92年に最初の勲章(CBE)を受け,98年に例のナイトの称号を受けてますが,当人はサーなどと呼ばせません。ひょうひようとして,飾らない,そこらのおじさんのような存在で,サーを付けないと返事をしないサー ベン キングスレーの反対側のタイプです。

007の役に応募した事もあって,その時はオーストラリアのジョージ レーゼンビーがジェイムス ボンドに。1969年の「女王陛下の007」(「ハー マジェステイース シークレット サービス」)でした。ガンボンが駄目だった理由は,名前が知られていない、からだそうですが、もしなっていたら、世界が変わってしまったかも。

「コックと泥棒,その妻と愛人」(89)では危ない妻,ヘレン ミレンの退屈な夫役、テレビシリーズでは「メグレ警部」(92ー93)を演じ,「ゴスフォード パーク」(01)では,客をもてなす貴族の夫婦をクリステン スコット トーマスと演じ,「英国王のスピーチ」(10)では主人公の父親のジョージ5世,とほとんどの役が貴族的,又は
オーソリテイーを持つ役です。

こう言う味のある俳優がごまんとひしめいている英国演劇界がいつまでも栄えていますように!
1998       [DANCING AT LUGHNASA]
  妖艶なヘレン ミレン!




Thursday, July 18, 2013

JOAN CUSACK

JOAN    CUSACK


出て来ると画面自体がへらへら笑ってしまうようなコミカルな風を運んで来るジョーン アレン。我々日本人は彼女の弟のジョンとジョーンの名前の違いをはっきり発音出来ません。大体こんなに似たよう名前を姉弟につけるなんて,言語道断!
知り合いに酒井と言う名前の人が居て,息子どのにサカエと言う名前をつけテ,アメリカで暮らしていますから
サカエ サカイと紛らわしいコンビネーシヨンの名前になってます。

1952年11月11日ニユーヨークに,元広告会社重役転じて監督・俳優になったリチャード キューザックを父に,ナンシーと言う数学の教師のもと5人兄弟の2番目として生まれたジョーンは、少女時代から演劇サークルで経験を積み大学卒業後にすぐにテレビや映画の役を手がけます。
兄弟全員が俳優なり,演劇関係者となって,母親が嘆いているよう。
「私は子供たちに数学をきちんと教え,スポーツウーマンでもありますすから,色々な競技に参加させ,オールラウンドの子供たちに育てた筈が誰も彼もが演劇熱のとりこになって! 夫の影響力とも言えるでしょうけれど,母としてはちと失望してます」
と軽く言うようなからっとした母親のようですから,子供たちがそれぞれ,のびのびと成長した家庭が覗けます。
2000 「ハイ フィデリテイー」

ジョーンは有名なテレビの「サタデー ナイト アライヴ」(85)のレギュラーとなって注目され,「ワーキング ガール」(88)でメラニー グリフィスの女友達役でアカデミー助演賞候補になりました。この映画はわたくすの大好きなロマンテイック コメデイーのひとつで,けばけばの安っぽい装飾過剰はともかく、可愛いオフィスガールのメラニーが女ボス(シーガニー ウイーヴァー)の休暇中,彼女の家の世話も任され,高級でシックなドレスなど着て外出、偶然ボスのボーイフレンド(ハリソン フォード)に気に入られ、その一部始終をやはりオフィスガールの同僚のジョーンが気をもみながら見守ると言う,綺麗な男女が繰り広げる楽しいストーリーでした。メラニーが安っぽいファシヨンからエレガントなスタイルに変身する様子が実に教育的で,為になります。
「イン & アウト」(97)ではケヴィン クラインと結婚式を上げる筈がケヴィンが突然ゲイに目覚めると言う喜劇で,この役でも再びアカデミー賞候補に。

当人は,いつも半分ふざけて,半分知的で上等な会話を弾ませる楽しい文化人です。絶対に自分が有名だとか,女優だとか思ってない感じで,そこらのおばさんのようなお気楽な存在,おまけに着て来るファシヨンもPTAもどきで、仲間たちに持てるのがよく分かります。

弟のジョンとは「すてきな片想い」(85)など合計10本も共演しています。中でも「ハイ フィデリテイー」(00)はジョンが制作も手がけた中古レコード店出の音楽おたくたちの生態を描いて,とても愉快で心暖まる映画です。

ジョーンは1993年に弁護士と結婚して二人の子供が生まれ,良き家庭のママとしての生活を優先しています。
「よし,今日はベストの夫を捜しに行こう!と友人とパーテイーに行ったら,居たのですよ。格好のハズバンド候補が。普通の男性でシカゴの企業弁護士と言う安定した職業で、
優しくて知的で。子供が生まれてからは,長いロケの仕事はしません。やはり母親がそばで成長を見守るのが,家庭の幸福につながると信じていますから」
と彼女自身の母親の薫陶がしっかり受け継がれているではないですか!
その代わり弟のジョンが無傷の独身で気ままな生活を送っているのもおかしな姉弟です。
最近はウイリアム メイシーがアル中になっての主演のテレビドラマ「シェイムレス」で、おはこのおかしな女性を演じて,見事今年のエミー賞候補になってます。
ちょっと顔を出しては,その場面を引き立て,楽しくするもののメリー ポピンズではなく,そこはかとなく不気味なのもジョーンの喜劇的持ち味と言えましょう。

「キネマ旬報」8月上旬号(7月20日発売)にジョーンの頃を書きましたので,詳しい内容は書店にてどーぞ。

Wednesday, July 17, 2013

PETER FALK

PETER    FALK

ご存知 コロンボ刑事、 1971年から77年まで続いたよれよれレインコートを着て,犯人を適当に尋問してから,帰り際に,ぐさりと来る鋭い推量を吐く一見オンボロ刑事,実は知能犯を怪演したピーター フォークには2回程会見しました。
ご存知でしょうが,右の眼は義眼なので,犯人に向かって首を傾げたときの表情が,ロンパリ(禁止語かしら)で,何を考えているのか分からず,より効果を上げてもいました。

1927年9月16日ニユーヨーク州のオシニング,(ここは悪名高きシンシン刑務所があるところです)にデパートのオーナーの父親と会計士の母親のもとに生まれたピーターは3歳の時に悪性ガンのため右目摘出の手術を受けます。

コロンボと言う名前が余りに有名になって,一般には,ピーターまでイタリア系だと思われてますが,父親はロシア系のユダヤ人,母親はポーランド系のユダヤ人と生粋のユダヤ人。学校では優等生,会計士を目指しますが、,大学に在学中に商船にコックとして乗り込み,世界中を回ります。再び大学に戻って,修士号取得,政府の予算局に就職しますが,役人生活は続かず,28歳の時に演劇学校へ。

ブロードウェイの舞台を経て,「ジャングル ガードマン」(58)で映画デビュー,「殺人会社」(60)と「ポケット一杯の幸福」(61)で連続オスカーにノミネートされました。

そしてテレビの「コロンボ」シリーズで人気者に。89年に再スタートしましたが,この時は、やはり昔の輝きが失せてました。

親友のジョン カサヴェテスが監督した「こわれゆく女」(74)ではカサヴェテス夫人のジーナ ローランドと共演しています。

この連続写真は89年か90年に撮ったものですが,昼間の会見だと言うのに,何やらきこしめしていて,写真を撮る時に冗談ぽく,しなだれ掛かってきて,私がカメラの方を見て下さいと注文をつけている図なのであります。
当時彼はまだ62歳でしたが,わざと年寄りっぽい態度を取っていたような気がします。

ちなみに娘のキャサリンは本当に私立探偵になったとか。
レインコートなど着て,調査をしていたらおかしいですよね。
2011年6月23日83歳で亡くなりました。

私めの師匠,チーフ スタンデイング ホースからの興味深い日本側の情報を添えます。
黒澤明が「暴走列車」をハリウッドで監督することになり,車掌の役をピーターに,と頼んだそう。脱獄囚が潜んでいた汽車が突然暴走し人々が住んでいる村の中に脱線して猛突進。これを命がけで防いだ車掌が家に帰ると女房に今まで何をしていたのよ!と叱られるところがピーターにぴったりでさすが黒沢の配役のアイデアの凄さ!
結局,黒沢監督は降りて、「RUNAWAY  TRAIN」として1985年に公開,主役の脱獄囚はジョン ヴォイド,車掌は女性に変ってレベッカ デユモネー,もう一人の脱獄囚はエリック ロバーツとなりました。 
1989「コロンボ」再スペシアル

Monday, July 15, 2013

EVA MARIE SAINT

EVA   MARIE   SAINT


「波止場」(54)でのエヴァ マリー セイントは,初々しさと清潔感に溢れる若い美女でした。名前が又,セイント/聖人のイメージがあって、野卑で下品で野蛮な人々がうごめく港町のまさに掃き溜めの鶴,いや聖女のようでした。

1924年7月4日,アメリカの独立記念日にニユージャージー州のニユーアークに生まれたエヴァは先生になるのが夢だったそう。まだ大恐慌前のアメリカでしたから何となく分かりますよね。ボウリング グリーン大に入学したものの演劇に興味が湧き,まずはしっかり卒業し(ここがしっかり者のエヴァです)それからニユーヨークのアクターズ スタジオへ。46年テレビ初出演,これから7年間 NBCを根拠ににテレビのゴールデンエイジの波に乗ります。

ブロードウエイの舞台「バウンテイフルヘの旅」で名女優,リリアン ギッシュと共演して喝さいを博し,その2週間後にエリア カザン監督の「波止場」で映画デビュー。

粗野なマーロン ブランドに魅かれる娘の役でいきなりアカデミー賞助演賞を得ます。

ブロンド美人で楚々としてエレガントと言うアルフレッド ヒッチコック好みですから,「北北西に進路を取れ」(59)で,ケリー グラントと共演,一挙にスターに。

「ヒッチはとてつもなく暖かくて,俳優を尊敬し,ユーモラスで素晴らしい監督でした。もちろん大勢の人達がそれなりの意見を持っているでしょうけれど,私には映画の大先輩として,「エヴァ,映画を見に来る人たちは,エヴァがエプロンをかけて台所の流しで一日中皿洗いなどしている姿を見たくはないのですよ。美しく着飾って,エレガントな暮らしをしているエヴァを見たいのですから」とアドヴァイスしてくれたり。以来私はヒッチの貴重な言葉を忘れません」

と話しています。
オットー プレミンジャー監督の意欲作「栄光への脱出」(60)は,第2次大戦後のイスラエル建国をテーマにしたストリーで、ポール ニユーマンと共演、手に汗握るスリリングなドラマでした。

「いそしぎ」(65)ではエリザベス テイラーと共演。
「スーパーマン リターンズ」(06)ではスーパーマンの養母役,マーサ ケントとして出演,コンピューターのマジックで登場した故マーロン ブランドとの懐かしの再会(?)を見せたのです。

この時の会見では、
「ハリウッドがいぎたなくなってきて,あまり好きではありません。世の中が余りに変わってきたせいもあるでしょうが。暴力とセックスと悪事がはびこる映画など全く観る気が起きませんね」
と静かに話してました。既に82歳でしたが,口舌ははっきりして,自分の意見をはっきり主張していました。しわしわなのも美容整形などに煩わされないエヴァらしく,素晴らしい姿勢だと感心したものです。

1951年にテレビのプロデユーサー(「77サンセットストリップ」や「ビーバーちゃん」など)のジェフリー ヘイドンと結婚し二人の子供をもうけ,62年後の現在も仲良く生活していると言う安定した状況が,エヴァの清潔で,凛々しい生き方の原因のひとつでしょうが,やはりセイントと言う名前に多少の影響を受けたのではないか,と勘ぐってみたいのです。
2006 「スーパーマン リターンズ」

Sunday, July 14, 2013

JOEL EDGERTON

JOEL    EDGERTON


ハリウッド侵略大作戦のオーストラリア俳優団のひとり,ジョエル エジャートンは180センチの身長と筋肉質の身体に,顎が張っていかにも,頑固そうなルックスを活かして目下大活躍中です。

初めて会ったのは「キンキー ブーツ」(05)と言う英国の映画で,営業不振の靴メーカーが工員のひとり,黒人の女装を好む男性の提案で,けばけばしく派手な,女装用のブーツやハイヒールを製造するようになって,経営が良くなると言うストーリーでした。ジョエルは工場のオーナーで,この時は頼りないお坊ちゃんと言った役。
当人はオーストラリアン ガイの健康的な食欲と頑張り精神に溢れた大らかな男性で,英国やアメリカで仕事を見つける渡り鳥の逞しさも見せてました。

最近では「ゼロ ダーク サーテイー」(12)でのチームリーダーの役を熱演してましたし,注目の「華麗なるギャツビー」(13)では上流社会のリッチマン,トム ブキャナンの役を自信たっぷりに演じて,上流社会に参加して,今はブキャナン夫人になっている昔の恋人を取り返そうとする,成金のギャツビー(レオナルド デイカプリオ)との生まれの違いのコントラストを絶妙に演じてくれました。

1974年6月23日,オーストラリアのシドニーの近く,ブラックタウン(何となく英国からはじき出された流民用に付けられた名前のようですが)に生まれたジョエルは、弁護士でデヴェロッパーの父親と専業主婦の母親のもと,恵まれた育ちをした模様。
大学を出てから,演劇学校に行き,シェイクスピアなどの舞台を踏み,オーストラリアのテレビシリーズのレギュラーとなって人気を得ます。このルートはほとんどのオーストラリアの俳優と全く同じ。
ブレークは「スターウオーズ」(02)のシリーズのちょい役を得たときからスタート。
ヒース レッジャーが主演したオーストラリアの伝説的反逆児を描いた「ネッド ケリー」(03)でも準主役で,ここからジョエルは着々とハリウッドと英国の映画で活躍を始めます。
真ん中の頼りない男性がジョエル
帽子をかぶった粋な紳士
「ギャツビー」の会見では,「スターになるより,地道に役をこなして,演技力で認められる俳優を志している」と殊勝な事を言ってましたが,あの強情そうな顎を見るとゆくゆくは,現実性豊かな敵役のスターになりそうです。
2013  「華麗なるギャツビー」