YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
ご連絡は  kazeto77yoko@gmail.com
まで。よろしく!

Sunday, March 31, 2013

お知らせ
又旅行に行きます。3、4,5月はトラベリング サーカスの座員のように,あっちに行ったり,こっちに行ったり。
旅に出ている間は,非日常のエネルギーが出て,元気に食べ,飲むのですが,合間は寄る年波のせいか,半死状態になったりします。
3月31日から4月9日迄,フィレンツエ,ベルリン,ブタペストとヨーロッパの古い町でのロケーシヨン訪問です。フィレンツエはダヴィンチとメデイチ家のメロドラマで,こう言うところでロケをし,記者を招ぶスタジオのPR作戦はさすがです。
4月とは言え寒波のヨーロッパですから,しっかり防寒着を持っていきます。
では行って来ます。
成田陽子

Saturday, March 30, 2013

BARRY   PEPPER


精悍と言うのか、ニヒルと言うのか,バリー ペッパーの顔は一度見たら忘れられません。
「プライベート ライアン」(98)の狙撃兵の役は,甘ったれの俳優の顔がひしめく中で,ぎらりと光っていましたものね。マット デーモンのベビーフェースと良いコントラストを見せてました。


「グリーンマイル」(99)での非情な看守,「父親たちの星条旗」(06)では再び根性の兵隊役,前のページに登場したヘイリー スタインフェルドを「トウルー グリット」(10)では、とことんなぶり,いつ迄も死なない悪漢役、
とまるでリチャード ウィドマークみたいに悪事が好きで好きでたまらない男を手がけるのがお好きなよう。ウィドマークがハンサムなハイエナの顔で,バリーはどこか異常性格者の顔なのも効果を上げてます。

1970年4月4日カナダのブリテイッシュ コロンビアのキャンベル リヴァー生まれ。
父親は材木業で,バリーが5歳の時にぼろ船で南太平洋を5年間航海し,バリーは通信教育で何とか単位を維持し,大学に入ってからはデザインとマーケテイングを学んだ由。同時にバンクーバーのアクターズ スタジオで演技に触れ,今のユニークな俳優が登場したのです。

とびきり頭が良くて,体制とか規則に縛られるのを嫌がるところは、5年間の航海の自信と技術に裏打ちされて、一種のレベル(反抗児)で居る事に誇りを持っているみたいです。

こういう不思議なルックスの人達は一様にひどくおしゃれで,会見には仕立ての良い,シャープなカットのスーツをさりげなく着こなして現れます。スリムな体なので,それが又とてもダンデイーで,ちょっと怖い味も演出してます。

ちなみに独身です。
2010  「トウルー グリット」


ジョニー デップ主演の「ローン レンジャー」(13年7月公開予定)ではキャプテン ジェイ フラーとして出て来ます。又サデイステックな士官かもしれません。楽しみです。

Friday, March 29, 2013

HAILEE    STEINFELD


「トウルー グリッド」(10)でジェフ ブリッジェスやマット デイモンと互角に画面で勝負をしたのっぽの女の子です。余りのっぽなので,彼女の、のびのびとした性格が演技からも、そしてヴィジュアル効果でも感じられました。

ヘイリー スタインフェルドは1996年12月11日カリフォルニア州ターザナ生まれ,と言いますから,撮影時は13歳ぐらいだった訳です。当時マットが特に「純粋で,妙な子役のくせもなく,真剣な演技がこちらの心に響いてくる。凄い女の子だよ。これからが見ものだと思う」と感心してました。

一応インフォーメイシヨンには,170センチとありますが
これは男性の相手役をおもはばかっての身長でしょう。どう見ても175センチはありました。

父親はユダヤ系でフィットネスのトレイナー,母親はフィリッピン系でインテリア デコレイターと言うミックスがヘイリーのちょっと変わった愉快なルックスを生み出したのでしょう。8歳の時に演技クラスに入り,この時にエージェントにスカウトされ,短編映画やテレビに出演するようになったそうで,「トウルー グリッド」のオーデイシヨンでは15000人の候補者の中から選ばれたのです。

「8回もオーデイシヨンがあって,ストレスで死ぬかと思った!」などとへらへら笑いながら想い出を語っていましたが,気楽な自然体で一緒に居ると彼女の陽気さが伝染して来るようでした。このマテイー役でヘイリーはアカデミー賞助演賞候補に。レッドカーペットでそびえ立っていたのを思い出します。
11年にはファシヨンブランドのモデルに選ばれましたが,学校を優先する事と次の役を慎重に選ぼうと言う訳で,しばらく映画から遠ざかっていました。熱いうちに早く売り出して,稼ごうなどと考えない両親の理性と子供想いの姿勢は祝福ものです。
2010  「TRUE   GRIT」


でも13年から約5本の映画が予定されてます。
そのひとつは「ロメオとジュリエット」で、こののっぽさんがジュリエット役,ロメオ役は英国の2枚目ダグラス ブースが演じるそう。人気テレビ「ホームランド」のダミアン ルイスなども出ている面白そうな大恋愛悲劇になりそうです。
「エンダース ゲーム」はハリソン フォード,ベン キングスレーと言うしたたかな俳優連中と同じくしたたかな子役たち,アビゲール ブレスリン(「リトル ミス サンシャイン」(06))、  エイサ バタフィールド (「ヒューゴの不思議な発明」(11))等が出演するので,これも面白そうではないですか。

ヘイリーの天真爛漫な輝きが余り早く失せない事を年寄り連中は願って止まないのです。

Thursday, March 28, 2013

PETER    SARSGAARD


さてマギー ギレンホールの後は,やはり夫君のピーター サースガードにしないと。

結構な男前なのに,リーデイングマン(二枚目の主役)を手がけないところが彼の知恵と信念なのでしょう。大体殆どの2枚目役は薄っぺらで,非現実的な男ばかりです。男前の主役を引き立て,ドラマを盛り上げていく脇役こそ,演技力の見せ場と言えましょう。

映画デビューは「デッドマン ウオーキング」(95),ショーン ペンが死刑囚,スーザン サランドンが尼僧になってのデスロウ(死の廊下)ドラマです。

ベビーフエイスと妙にソフトな声の持ち主だったピーターは
その変人ぶりがジョン マルコビッチに似ていると言う理由で「仮面の男」(98)ではマルコビッチの息子役,「ボーイズ ドント クライ」(99)では,男の格好をしたヒラリー スワンクを脅す凶暴な犯罪者,「愛についてのキンゼイ リポート」(04)ではリアム ニーセン扮するキンゼイ博士の同性愛の恋人役をして,二人で真裸になってベッドの上で飛び跳ねていたシーンは面白かったし,「17歳の肖像」(09)では高校生のケリー マリガンを誘惑する謎の紳士役をブリテイッシュアクセントで熱演。

「僕のところにはまず,へテロで勇敢で,良心的な男の役はこない。ちょっといびつな性格,ゲイの男,疑わしい行動をとる変人等ばかり舞い込んでくる。ともかく僕のハリウッドでの立場はスターがやりたくないと言って蹴っとばした役を拾って,自分なりに工夫してやると言う時も多い。どちらにしろ,僕は演技が大好きだから,あらゆる役に挑戦したいね」

と意地を張ってない姿勢が爽快ではありませんか。

ブロードウェイで「私はかもめ」の女主人公をクリステイン スコット トーマスが艶然と演じ,彼女の相手役をピーターがした舞台を観ましたが,ここでもイングリッシュ アクセントを行使し、自信と存在感に溢れるトーマスに怖じける様子もなく,リズムに乗って演じてました。
2005 「ジャーヘッド」

1971年3月7日,イリノイ州ベルビルに空軍の技術者の父と教育者の母親のもとに生まれ,大学では仲間と劇団を結成,卒業後はニユーヨークでアクターズ スタジオで磨きをかけたと言う生粋の俳優志願の道を歩んでいています。サースガードと言う名前は,ひい祖父のデンマークの苗字だそうな。
2004 「愛についてのキンゼイ レポート」

当人はひょうきんで,シニカルなユーモアを絶好のタイミングでのたもうシャープな人です。

生まれてからずっとカトリック信者で,天国と地獄の存在や裏切り者を許す教えには良いものがあると言ってるのも,余り宗教の事を語りたがらないハリウッドでは新鮮です。

マギー ギレンホールの母親はユダヤ系で、この家族は夕食時に滔々と政治的意見を交換しては,議論に強くなり,自分の考えている事を言葉にだす能力を高めるのだそうで,ここにピーターが加わるとかなり方向が変わって来るのではないかなと勝手に想像してほくそ笑んでしまいます。

Wednesday, March 27, 2013

MAGGIE     GYLLENHAAL


マギー ジレンホール,(ギレンホールと日本では発音するように書かれてますが,こちらではジレンホールと柔らかく言います)。父親がスウェーデン系かで,こう言う珍しい苗字なのですが,ゴールデン ホール,金の広間と言う意味だそう。

ご存知マギーが映画界に強烈なインパクトを与えたのが
「セクレタリー」(02)でした。いつも薄ら笑いを浮かべて、ちょっと嫌味なハンサムのジェイムス スペイダーがボスで彼の秘書のマギーは床を這い回って掃除をしたり,異常な命令に病的に従う神経を病んだ女性を圧倒的に完演して,あっと言わせたのです。ボスと秘書の間の性的なダイナミックスが実に新鮮でした。

1977年11月16日,ニユーヨークに生まれ、父親が映画監督のステイーヴ ジレンホール,母親は脚本家のナオミ フォーナー(あのリヴァー フェニックスが主演した「旅立ちの時」(88)の脚本を手がけてます),弟のジェイクは今やハリウッドの演技派スターと言う家族を持ち,名門コロンビア大を卒業してから,英国の王立アカデミーで演技を勉強と言う,基本はばっちり、頭も良く,不思議なセクシーさが魅力の女優です。

極めて普通の人を意識しているので,知的で,中身のたっぷり詰まった会話を展開してくれるし,自虐的なユーモアのセンスもロンドン演劇サークル仕込みですから,シャープに冴えてます。

最近のヒットは,アル中のミュージシャンのジェフ ブリッジェスの相手役を演じた「クレージー ハート」(09)でしょう。アルコールからまだ立ち直れると言う希望を持って彼と繋がれる女性を静かに,豊かに創り上げてました。

当人はセレブのポジシヨンなどに全く興味がなく,「レッドカーペットはお人形さんの着せ替えごっこと見て楽しんでいるわ。自分で感銘を受けたストーリーしか興味がないから,エージェントに叱られてばかり」
と淡々としています。

2009年に長い間交際していた,これ又演技派で憎い俳優のピーター サースガードと結婚,2女の母親でもあるので仕事を選択する姿勢もますます厳しくなっている様子。

マーギーのような女優が画面に出てくると,リアリテイーが濃くなって,面白そうで,次はどう展開するのか興味が尽きない女性像を浮き彫りにしてくれます。何処かに謎の秘密を持っているような,もっと彼女の事を知りたくなるような女性を演じる事にかけては,当代のベスト5でしょう。
2009  「クレージー ハート」意外に大きいのです。

Tuesday, March 26, 2013

MARK    HARMON

マーク ハーモンに初めて会ったのは,東京で。1976年頃にアメリカンフットボールのクリニックと称するスター選手が日本の大学選手に技術を教えるプログラムにマークとジョン シャーラと言うUCLA 出身のふたりのスター クオーターバックが来日したときです。親友同士だったマークとジョンは軽くふざけあっては,スマートにコーチングもこなしてました。
2010「N C I S」もっと昔の写真もあるので今度探します。


当時わたくすはフットボール雑誌の編集を手伝っていて,通訳と取材をする為に健康で,爽やかで,グッドルッキングなふたりと3日間ぐらい,行動を共にしました。

それから約12年の月日が経ち,ハンサムなマークは映画スターとなって「プレシデイオの男たち」(88)と言う映画で主演! 共演はショーン コネリーとメグ ライアンと豪華キャスト、 ストーリーもオリジナルで,サスペンスもありましたが、余りヒットしませんでした。

この時にマークに再会したのですが,ルックスはますます磨かれ,スターのオーラに溢れてました。しかしマークはトム ハーモンと言う1940年にミシガン大学でハイズマン賞を獲り,猛烈なハンサムで知られ,後に映画に出たり,スポーツキャスターになった父親と女優の母を持ち,姉貴のクリステインは,あのアイドル歌手で後に飛行機事故で急死したリッキー ネルソンと結婚していたり,もう一人の姉貴はスーパーモデルと言うハリウッドのリッチ アンド ビューテイフルな家庭に育ったせいかハングリー度が低かったようで,せっかくのチャンスをものにしませんでした。

それでもテレビの仕事は度々舞い込み,今やテレビのスターとして,ロマンスグレイを活かして,品の良い姿を見せています。

海軍の犯罪捜査部隊を描いた「NCIS  」と言うアメリカでは目下一番人気のテレビシリーズで,静かに若手をコントロールするボスを 快演中,昔のフットボールのリーダー役であるクオーターバックの腕前が活きています。

若い時に、純情タイプの女優,パム ドウバーと結婚してずっと安定した家庭を保っているのも,マークの真面目で,誠実な性格からでしょう。

スキャンダルなど全く無い,健康で清潔な生活がしっかり顔に表れているのも,もっとギャラを,もっとセレブとして扱え,と卑しく要求するハリウッドの虚構の巣の中では,珍しい毅然とした存在です。昔風に義理と人情も思い出してくれる、頼りになる紳士なのですよ。

会う度に「日本で貴方がホステスをしてくれて本当に嬉しかった。ボニーのおかげで素晴らしい滞在が出来た上に,日本の大学生の真面目な態度とやる気にはびっくりしたね。フットボールがあそこ迄,人気があるとは夢にも思ってなかったから。あれで基本的にもっと体が大きかったら,国際的なレベル迄行けるだろうね。今でも相棒のジョンと日本での経験を懐かしく思い出しては,近くの旨い寿司屋にでも行こうかなんて言っている」

と話してくれます。ボニーとは当時のわたくすのニックネームであります。

1951年9月2日にカリフォルニアのバーバンクで生まれたマークは今年62歳、まだまだ端正な顔と自己鍛錬の賜物らしいスリムな体で無理をせずにそこそこの主役を続けていきそうです。

Tuesday, March 12, 2013

お知らせ

明日 3月13日 から24日迄 イタリーのローマとバリ映画祭に行って来ます。
イタリーの靴の形のかかとの当たりにあるバリは約40年前にひとりで訪れ,突然入院したと言う痛い思い出の地です。

日本人がバリと言うとみんなインドネシアのバリだと思ってわー素敵,とか言われますが、BARI の方は余り知られていません。
鄙びた港町で真っ白な壁と黒衣の老女,紺碧の海と青い空と言うくっきりとしたコントラストの色彩が印象に残っています。さて40年後はどうでしょうか。

BARI  REVISITED  を楽しんで参ります。
そう言う訳でしばらくお休みします。
成田陽子
LOU   DIAMOND  PHILLIPS


何と言っても「ラ バンバ」(87)のメキシコ人歌手,リッチー ヴァレンズ役がルー ダイアモンド フィリップスの最も有名な役だったせいで,私なぞは本物の歌手のヴァレンズの顔など思い出せません。

目下発売中の「キネマ旬報」にも書きましたが,ルーはフィリッピンの米国海軍基地スービックベイで生まれました。
父親は海軍の技師で,母親は中国系フィリッピン人,1962年2月17日に生まれましたから,51歳になったばかり。
父親が第2次大戦の海兵隊のヒーロー,ルー ダイアモンドの名前をとったそうで,フィリップスは継父の名前ですと。

1988「ヤング ガンズ」
「ラ バンバ」でインタヴューした時,この英雄のダイアモンド氏がパサデナ市で暮らしていて,とある記者が電話帳で新米スターの番号かとダイアルを回したら,名前の由来の主が出て来たと新米のスターに告げたそうで,「少し暇ができたら,是非会いに行きたい」と殊勝な事を言っていたのです。

ところが真面目でリサーチ能力にたぎるキネマ旬報の担当記者氏は,しっかり調べて,英雄はとっくの昔に亡くなっている事を突き止めたのです。わたくすはキネ旬の読者でそこ迄調べて文句を言う人など居る訳ないから,このままで良いと言いました。もちろん担当記者氏が,事実を曲げる事は出来ません,と主張して,好い加減なわたくすは,新米スターの殊勝なコメントのあたりを変える事に。

インターネットあればこその,調査ですが,わたくすはデータが不確かなときは,その部分をすっ飛ばして書くと言う極めて,怠慢で,好い加減な物書きの端くれです。

その昔東大出の女友達が「エリートはしつこく調べる能力がある」とわたくすに宣言しました。まさにそのとうり。わたくすは典型的デリートなのです。

さてルーですが,つい2日前,テレビを見ていたら「ミリタリー チャンネル」と言うのがあって,ここで彼が真面目な顔で元軍人にイラク戦争やら,ベトナム戦争の体験談を聞いているのです。軍のヘッドクオーターのように壁には,電気が点滅する世界地図などあり、上級将校の重要な会合のような雰囲気の中で,ルーは流暢に軍用語を操り,作戦の背景など,したり顔で質問し,何となく戦争ごっこみたいで,おかしかったと白状しましょう。

テキサス州で育ったルーは優秀な成績で高校を卒業,イェール大や海軍兵学校からの奨学金を拒んで,友達と一緒にテキサス大へ。卒業してから俳優業を目指しながら,企業ヴィデオの制作会社で働き,そこに「ラ バンバ」のオーデイシヨンの話が舞い込んだのです。

2012  「 LONGMIRE 」
「ヤング ガンズ」(88)ではインデイアンの若者の役,ブロードウェイの舞台「王様と私」(96)ではシャムのキング役,等々異色な役を手がけて,現在ヒットテレビシリーズの現代西部劇「ロングマイアー」(12−_)では主人公、ウオルト ロングマイアーと言うワイオミングの保安官の親友でヘンリー スタンデイング ベアー(!)と言う名前のインデアン (ネイテイヴ アメリカン)のサルーンのオーナーと言う役を気楽そうに演じています。主役はオーストラリアの俳優でロバート テイラー(!,ちょっと「ララミー牧場」のロバート フラーに似ています)と言い,彼のアシスタントになる婦人警官のケイテイー サッコフ の喜劇的な立ち居振る舞いがとびきり軽快で面白い,今時珍しい大人の西部劇です。

原作はクレーグ ジョンソン、「WALT LONGMIRE MYSTERIES」と言うシリーズです。師匠のスタンデイング ホースのためにご参考まで。

「肌がダークな役は何でもござれ。メキシカンからボリビアン,タイ人からアジア人と僕は抵抗なく受けますよ。もうスターの座を失って長いから,そう言う事にこだわったりする子供染みた考えは持ちません。父の影響で軍事に興味があり,退役軍人の行事を手伝ったり,首都に行って,戦傷者たちの問題を訴えたりしている。それからフィリッピン人のハリウッドスター第1号として,米国フィリッピン協会のイベントにも出席したり」

と率直な話し振りが非常に爽やかでした。
ポーカーのチャンピオンでもあり,世界ポーカー ツアーなどにも参加して,賞金を稼いでいると言うのもいかにも頭の良い,ちょっと危険な味が好きなルーの性格を見せていますよね。

Monday, March 11, 2013

LINDSAY    LOHAN 


今のハリウッドのスキャンダルの女王(と言う程の貫禄もポジシヨンもありませんが)のリンゼー ローハンがテレビ映画で「リズ アンド デイック」(12)と言うエリザベス テイラーとリチャード バートンが「クレオパトラ」に共演した頃の世紀の恋,いや情事でしょうか,ともかく,スキャンダルの(名実共に)女王だったリズの役を演じて,まあそのスケールの小ささと言ったら,見ていて恥ずかしくなった程。リンゼーも美女ですが,やはり小粒で,あのしゃがれ声です。リズの持っていた驕慢さ,手の届かない美貌,英国生まれの疎外性、世界的レベルのセレブの自信,豊満な肉体,甘ったれのしゃべり方などは全く持ち合わせてない為に,貧相で,格調ゼロでした。

初めてリンゼーにあったのは,まだ12歳の子役時代で双子の姉妹を巧みに演じ分けた「ファミリー ゲーム」(98)の時。余りこまっしゃくれてない,可愛い賢い女の子でした。

それから「フォーチュン クッキー」(03)や「ミーン ガールズ」(04)などのテイーンものに主演したときも会見がありましたが,ぐんぐんハリウッドのヤング スターの仲間入りをして,パーテイーギャルに成長。
「ハービー」(05)という車がしゃべる映画では,既にワイルドな行動が有名になり,歌手業なども初めて,焦点を失った節も伺えたのです。頭の回転が速い為に,お遊びもスピードアップして,どんどんエスカレートしたのでしょう。

万引きしたり,飲酒運転に,ドラッグ使用と乱行が続いてますが,これが女優なり女性としての良い経験になって,レベルアップした力を見せると良いのですが。
1986年7月2日にユーヨーク生まれですから,今年27歳。女優としてはまだまだ将来がたっぷりありますし。


  2005   「 ハービー 」
2007 「幸せのルールはままが教えてくれた」




2012「デイック アンド リズ」

Sunday, March 10, 2013

TIMOTHY  DALTON

87年の「007 リビング デイライツ」(「THE LIVING DAYLIGHTS」)と89年の 「007 消されたライセンス」( 「LICENSED TO KILL 」)の007ジェイムス ボンドの4代目テイモシー ダルトンは地味で,オーラがなかったせいですっかり忘れられてしまったよう。

1944年3月21日ウェールズのコルウィンで生まれたテイモシーは両方の祖父がボードビリアンだったとか。
16歳でマクベスの舞台を見て俳優の夢を抱いたそうですがウェールズは非常に文化を愛する土地で,子供たちは古典劇から,コーラス,詩の朗読などを小さい時から,たっぷりさせて,パブの親父も,弁護士もプロ並みに歌を歌ったり,詩クスピアの名台詞を引用したりするとか。

ロンドンの演劇学校に入り,ピーター オトールに愛でられて「冬のライオン」(68)でフランスのフィリップ王の役を得たテイモシーは,クラシックなルックスと妖しい緑色の目の若手俳優として認められます。

「嵐が丘」(70)のヒース役,「クイーン メリー 愛と悲しみの生涯」(「メアリー クイーン オブ スコッツ」)(71)と時代劇で活躍。メアリー女王を演じたヴァネッサ レッドグレーヴと恋に落ち,二人は71年から86年迄一緒に暮らしていますが ここでも醜聞と言うより,俳優同士の愛として受け止められました。

初めて会ったのは最初のボンド映画のメキシコでのセットでした。ていねいで,礼儀正しく,まさに英国紳士でしたが,ボンドに不可欠なプレイボーイのいたずら心がちと欠けていたので,話しをしても全く危険を感じませんでした。

次は2本目のボンドの時で,ここでも同じ。実は余り覚えてなくて,印象が薄いのです。

彼のボンドは次の使命にかけるエネルギーと情熱が全く感じられず,枯れすぎ と言う批判も出ています。



1989 「007 殺しのライセンス」
「スカーレット」(94)と言う「風と共に去りぬ」のテレビ版リメ−クでレット バトラーを演じましたが,ここでもオリジナルの男っぽくて,遊び心に溢れたクラーク ゲーブルとは大違い。

最近、メル ギブソンを家庭内暴力で訴えたロシアの女性,オクサナ グリオエヴァはメルに会う前に何とテイモシーとの間に97年に息子をもうけていたのが発覚して,珍しく彼の名前が浮上しましたが、当人はロンドンで静かに舞台にテレビに出演して,今だに独身を保っています。

Thursday, March 7, 2013



QUEEN  LATIFAH


8歳の時にムスリム信者のいとこと考えたのがこのクイーン ラテイファーと言う芸名ですと。男性のラッパーがそれぞれキングとかエンペラー,ムハメッドなどと偉大な名前をつけるのに張り合ったそうで,アラビア語で,ラテイファーは,繊細な,とかとても優しい,と言う意味なのですと。

本名はデーナ イレーン オーウエンズと言い,1970年3月18日にニユージャージー州の空港があるので有名なニユーアークに警官の父と高校の美術の先生の母のもとに生まれました。ランスロット!と言う名前の父親からは空手と銃を習い,母親はジャズクラブを経営していたほどの音楽ファンだったので,ここでしっかり音楽を身に付けたそうです。

5フィート10インチの長身だったので高校のときはバスケットボールのフォワードとして活躍し,州のチャンピオン大会で勝ち抜いたとか。

同時に演劇部で「オズの魔法使い」などに出ては,飛び抜けた才能を見せ,マンハッタン シテー カレッジに入学。

男性ラッパーばかりはびこる上、ラップの曲が女性蔑視の傾向がある状況にに革命を、と女性ラッパーのグループを結成,レコード会社に目をつけられ,クイーンの人気は急上昇します。

スパイク リー監督の「ジャングル フィーヴァー」(91)にちょい役で出て,その後の役が殆ど 「叫んでばかりいる馬鹿な女の役」だと同じような役を断る勇気と大志の持ち主でもありました。

小さい役でも魂がこもった役,と言う訳で「ボーン コレクター」(99)でダンゼル ワシントン扮する不具者の探偵の看護婦を演じ,肝っ玉と優しさをたぎらせて演技緑にも定評が。

「シカゴ」(02)ではカリスマテイックに女性看守の役を演じて、ベット ミドラーか、ライザ ミネリにも相当するスターの存在感があるとオスカー賞にノミネートされました。
2007 「ヘアースプレー」

何と言っても堂々とした巨大な体に,大きな目鼻立ち,すべすべの肌は化粧品のモデルになる程ですし、自信と慈愛に溢れる姿が圧倒的です。

自分を良く心得ていて,まさに頼りになる姐御と言うリーダーシップがそばにいるとひしひし感じられます。

率直にものを言うのも爽やかで

「あんまりおっぱいが大きくなってバランスが取れないからEEカップからDDカップに手術で小さくしたのよ」

とか
「ハイブリッドカーに乗りたいけれど,プリウスはセクシーじゃないからねー。もっと乗りたいデザインの車を作って欲しいね」
「大きい事は良い事。恥ずかしくないと同胞のシスターズに訴える為にも減量なんかしませんよ」
などなど心意気が高いのです。
父親と同じ名前,同じく警官になったランスロットと言う兄貴が居て彼にクイーンはオートバイを送り,1992年 オフのバイク事故で兄貴は亡くなります。クイーンは兄上のオートバイの鍵を肌身離さず身に付け、「ブラック レイン」(BLACK REIGN)と言う曲を彼に捧げています。

母の影響でジャズも大好きな彼女は。2004年にジャズアルバムを出し,歌手の名前はデーナ オーウエンズとなっているのも母親想いが覗けますよね。

新作「ステイール マグノリア」(12)は89年の「マグノリアの花たち」のリメークにして,オールブラックキャスト,クイーンは制作にも参加して,同胞シスターズの働く機会を作る事に励んでいます。

周りを明るくし,何でも頼めるような,気さくで気っぷの良いクイーンはハリウッドの貴重な,女親分の存在と言えましょう。
2009 「アイスエージ」(声の出演)



Tuesday, March 5, 2013



HAL    HOLBROOK


ブラシのような眉毛が気難しい老人のようですが,その下にある目鼻立ちは実に整っていて,現在88歳ですがまだまだ艶のあるハンサムガイです。老政治家,偉人,実業家,と言った風格が必要な役を演じているハル ホルブルックは1925年2月17日,オハイオ州クリーブランドに生まれました。

ダンサー志望の母はジーグフェルド フォーリーズのショウガールになって家を出てしまい、何をしていたか不明の父親はハルが2歳の時に何と息子を捨ててしまったと言う大恐慌時代の悲劇を背負っています。結局俳優だった祖父,ジョージ H ロウと祖母に育てられたハルは古典的なルックスも手伝って演劇の道に。デニソン大学では演劇を専攻。シェイクスピア俳優を目指します。

いかにも古典劇のルックス
第2次大戦では陸軍で戦い,1954年,29歳のときから自作のマーク トウェインの一人芝居「マーク トウェイン トナイト」を演じ始め,ドワイト アイゼンハワー大統領も観劇に来たそうな。以来半世紀に渡って,アメリカの愛すべき小説家を演じて,殆どハルがトウェインといったいになったイメージが浸透しています。

「グループ」(66)で映画デビュー、「大統領の陰謀」(76)では「デイープ スロート」と言うニクソン大統領失脚の陰の男を演じて注目され,「ザ フォッグ」(79)の神父役,「ウオール街」(87)のシニア ブローカー役などで品格のある姿を見せてきました。


ショーン ペン監督の「イントー ザ ワイルド」(07)ではアラスカに旅する若者(エミール ハーシュ)を助けるかしこい老人の役をして,アカデミー賞助演賞にノミネートされました。83歳のハルはアカデミー史上最年長候補者を記録。
今年は「アムール」のフランス女優のエマニュエル リヴァが86歳で記録を塗り替えましたが。

この写真は「イントー ザ ワイルド」の時で,まだ3度目の夫人のデキシー カーターが健在でした。美しくて,聡明な妻の事を深く,強く愛している話からエレガントな老カップルの生活が覗けました。
「今の映画は安っぽく,間違いだらけで,子供っぽいものばかり。思春期の性的興奮をそそるポルノまがいのシーンが延々と続く。考えただけでも悲劇的で,憂鬱になるばかりだね」
と眉毛をひくひくさせて、語っていましたが,まさにそのとうり。

この後テレビの特別映画の時に又会いましたが,やもめ暮らしにも慣れて、知的刺激を絶やさないように勤めていると、毅然とした姿を見せていました。
2007  「 INTO  THE   WEST  」


Saturday, March 2, 2013



BARBARA   HERSHEY



バーバラ ハーシーと言う名前がチョコレートと同じで視覚的に甘い味がにじんできます。

初めて会ったのは,おそらく「フォエヴァー フレンズ」(「BEACHES」)(88)でベット ミドラーが独立心に溢れる貧しい女性を演じ,バーバラはリッチな社交界の女性で,二人の生活は異なっても,親友同士と言うメロドラマでした。監督はメロドラマがお得意なゲーリー マーシャル。

豊かな黒髪に真っ白な肌,深紅の口紅に官能的な表情のバーバラは,白雪姫が40歳になったらこうなるかも,と言う艶やかな美しい女優でした。正直で言いたいことをはっきり言う姿勢からは,知性と自信が感じられました。

1948年2月5日 カリフォルニアのハリウッド生まれですから,65歳になったばかり。ハンガリー系のユダヤ人の両親を持ち,本名は HERZSTEIN (心臓と石と言うドイツ語です),父親は競馬のコラムニストだったそう。

小さい時から女優になりたかったバーバラはハリウッド高校時代はチアリーダーでポンポンを振り回し、ちらほらと仕事も得て,17歳の時に テレビシリーズ「ギジェット」(サリー フィールド主演)に出たりします。

「フォエヴァー フレンズ」の他にもっも有名なのはウッデイー アレン監督の「ハンナとその姉妹」(86)でしょう。当時のニユーヨークの文化的,排他的な知識階級の狭い空間が鮮やかに描かれています。

最も悪名高かったのは「明日に処刑を」(「ボックスカー バーサ」)(72)と言うスコセシの映画で,共演のデヴィッド キャラダインと撮影用のセックスを本当にオコナッタ,と言う噂が出て,当時のスキャンダルとなったよう。キャラダインと以後一緒に暮らし,(1969−75)フリーと言う息子まで生まれました。もちろんむすこ殿は後で名前をトムと平凡なものに変えたとか。キャラダインは,変人中の変人で,タイのホテルで性的興奮を得る為に首を絞めたまま亡くなっています。


1972年には「プレイボーイ」誌にセミヌードの大胆なポーズの写真が載って騒がれたりもしました。

「危険な関係」(87)のグレン クローズの役,「氷の微笑」(92)のシャロン ストーンの役 などを蹴ったほどですから,当時のバーバラの性的魅力がお分かりでしょう。

どの俳優の話でも役を拒否したと言う情報はあくまでインサイドのもので,外には漏れないようにしているようですが,結局は誰かが噂をし、出て来てしまうようです。

「最後の誘惑」(88)もスコセシ監督の作品で,バーバラはマグダラのマリアの役を演じ,キリストを冒瀆しただのと当時は発禁になったりもしました。


1988   [ BEACHES ]

「ある貴婦人の肖像」(96)はニコール キッドマンとジョン マルコビッチ主演の映画ですが,オールスターキャストの割に,冗長で,退屈な映画と酷評されたものの、バーバラはアカデミー賞女演賞にノミネートされたのです。


「慣れてしまう事が怖いから,実際はやりたくないのだけれど,難しい役を選ぶようにしている。褒められても,絶対に自分を褒めたり出来ないわね。それどころか,バーバラ!そんな事で調子に乗っては駄目,と叱ってしまう」

「ランタナ」(01)はオーストラリアの不思議な雰囲気のユニークな映画で、アンソニー ラパリアとジョフリー ラッシュ(二人ともオーストラリア出身)と絡む女性の役を妖演,そして最近は「ブラック スワン」(10)でナタリー ポートマン扮するプリマ バレリーナのしごきママの役をいかにも昔バレリーナだった中年女性と言う体の動きを見せて好演していました。