YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
ご連絡は  kazeto77yoko@gmail.com
まで。よろしく!

Friday, December 20, 2013

RICHARD GERE

RICHARD    GERE

このブログを始めて,はや2年近く,最初の2012年に、216人のスター,今年2013年は少しペースダウンで今のところ180人,今のところ合計396人です。
アルファベット順に並べるテクニックなど分からない上に
調べる気力が無いので,既に書いたスターなのかどうなのか,かなり曖昧になってきました。

でもリチャード ギアはまだだと思います。たくさん写真があるので,それを集めてから,などと除けていたスターのひとりで,こういう風に義務的行動を待っているといつになるか分からないと言うわけで,手元にある写真のみで,紹介しましょう。雑務が山のようにあるものの、いざ少し時間が出来ても,埃だらけの箱の中をほじくる作業など誰もしたくないですよね、と勝手に同意を求めつつ。

リチャードに初めて会ったのは,おそらく「コットン クラブ」(84)か「キング ダビデ」(85)の頃でしょうか。ちょうどロスアンジェルス五輪の1984年の頃からスターとのインタヴューを頻繁にするようになったのです。

東部のインテリ家庭に育った生意気なタイプで,ピアノも上手,ヨーロッパの香りが漂う,かなり気障な若手スターでした。ちょっと垂れ気味の目と大きな鼻のためにパーフェクトなハンサルックとは言えませんが,かえって個性的で,不思議なセックスアピールを放出。だからこそ「アメリカン ジゴロ」(80)とか,ジャンポール ベルモンド主演のフランス映画「勝手にしやがれ」(59)のリメーク「ブレスレス」(83)と言ったセックスを前面に出した当時としてはラジカルなワイルド セックスを描いた作品で巨大な注目を浴びたのです。

1948年8月29日フィラデルフィアに5人兄弟の2男として誕生,マサチューセッツ大では哲学を専攻,この時から彼のチベットや東洋に対する強い関心が芽生えた様子。
はじめは歌って踊ってのミューッジカルで、ブロードウエイの「グリース」などに出演,後に「シカゴ」(02)で柔らかなタップダンスを披露したのには,裏付けがあるのです。
映画で注目されたのは「ミスター グッドバーを探して」(77)でダイアン キートンとからむ最初の若い男の役でした。厚い肉体が又、欲望をそそる存在に効果を上げます。

「愛と青春の旅立ち」(82)の海軍士官の白い制服姿が世界中の女の子のため息の的となり,憧れのアイドルの存在に。
わたくすが好きなのは「背徳の囁き」(90)でした。再びのクールなユニフォーム姿です。アンデイー ガルシアとのロス市警警官コンビには,猟奇的なゲイの「囁き」がたぎっていて、陰湿なセクシー度が濃厚,はびこる市警の悪徳のドラマの効果を上げていました。

次の「ジャッカル」(97)でも宿敵のブルース ウイリスとの戦いが,エロテイックなトーンを帯び,モルモットが体に入っているのを病院で除去してもらったなどと言うリチャードの私生活のスキャンダルも相まって、人気は高まるばかり。

同時に「プリテイー ウーマン」(90)のようなロマンテイック コメデイーでの凛々しく,リッチな王子様のような役も照れずにこなすあたりがさすがスターと言う感じでした。
91年には当時の人気スーパーモデルのシンデイー クロフォードと結婚,何度も別居の噂が出て95年に離婚,02年にはボンドガールを演じたキャリー ローウェルと結婚,しかし再び2013年に破局。

最近はわたくすに会うと丁寧にお辞儀などするのです。小泉元首相とダンスをした話やライオン風白髪と風貌が似ているのも嬉しそうに語ってました。
「キング オブ マンハッタン」(12)の会見では,日本への愛情を細やかに話していました。
「古い木の床や塀などが雨や風を経て,朽ち,それでも艶を失わない状態,そう言うさびた美しさに僕は日本の良さを感じる」
2012「キング オブ マンハッタン」
月刊文藝春秋2014年新年特別号の 「世界が驚愕した日本人54人」 と言う特集の最初に,彼の黒澤明に対する想い出が出てますがこれは、わたくすが彼から聞いて,書いたものです。

あと10枚以上のリチャードとのツーショットが,どこかに眠っているのです。いつかしっかりスキャンして,お目にかけましょう。
2004「SHALL  WE  DANCE? 」

2012
「八月の狂詩曲」(91)で黒澤監督のもとで働いた想い出ですが、彼なりのクロサワへの尊敬と愛情が感じられました。
1990「背徳の囁き」

1984−85

No comments:

Post a Comment