YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
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Tuesday, December 24, 2013

JOHN MAHONEY

JOHN     MAHONEY


端正な顔に威厳が溢れているジョン マホニーの名前は知らなくとも,どこかで見た俳優と思うに違いありません。
このページを書く為にグーグルしたところ、ロスアンジェルスの有名なカトリックの枢機卿のロジャー マホニーが一緒に混じって出ていました。長いこと人の上に立って説教していた神の使いと、長いこと社長,権力を持つ立場の男性、と言った役がおはこのジョンが同じページに出ているのが何となくおかしかったです。

人気テレビシリーズ「フレイザー」(93−2004)で、ケルシー グラマー演じるフレイザーの父親役を格調高く,慈愛に満ちたキャラクターにして演じていました。フレイザーの弟役のデヴィッド ハイド ピアースが又、ゲイのような奇妙な行動をとるキャラクターで,弁護士一家のアメリカのアッパークラスの様子が,知的さを失わずにコミカルで,毎年エミー賞にノミネートされてました。

殆どの人が気がつかない事実ですがジョンは実は英国生まれで,1940年6月20日英国はランカシャーのブラックプールに8人兄妹の7人目として生まれ,マンチェスターで育ちます。戦争花嫁としてアメリカ人の男性に嫁いだ姉を頼ってアメリカに渡ったジョンは,もう英国には帰りたくないと決心。姉上の助けで軍隊に入り,ここで米国籍をスピーデイーに取得。それから大学に入り,医療ジャーナリストとして働いているうちに,俳優になりたくなり,37歳にして演技学校に入学,ここでジョン マルコビッチと知り合い,ステッペンウルフ劇団のメンバーに。
舞台ではめきめきと才能を見せ,「セールスマンの死」(80)で注目され、87年には「ハウス オブ ブルー リーヴス」でトニー賞を受賞。
映画でも「バートン フィンク」(91)、「アーテイクル 99」(92)や「未来は今」(94)(「ハッド サッカー プロキシー)」などで、オーソリテイーの座にいる医者や編集長の役を自然に演じてます。

全く英国訛りがない為に誰もがジョンをアメリカ人だと思う事については、
「兵隊になった時,物凄く努力してアクセントを無くした。長いことかかったが,アメリカで英国のアクセントを使うと一種のステイタス シンボルに受け止められるから、それが嫌で訛りを必死で取ったのだよ」
と淡々と話してくれました。
わざと英国アクセントを使って,気取ったり,スノッビーな気分になったりする人が多いい中で,ジョンの考え方に新鮮な反抗心を感じました。

そう言う声の出し方や言葉の使い方に長けているジョンは,ナレーシヨンやボイス オーバー(吹き替え)の仕事もたくさんしています。
「フレイザー」が終わった時、
「充分に生活する金が出来たから,これからは舞台に集中したい」とコメントしたのもジョンらしい欲の無さを見せてました。
2004年頃「フレイザー」最後のシーズン

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