ANTHONY   QUINN


2013年の初ブログですから、とっておきのスターと思い,アンソニー クインとお孫さんとの写真から始めましょう。
1915年メキシコはチワワにアイルランド人の父(故にクインと言う苗字)とメキシコ人の母の間に生まれ,この父親は昔パンチョ ヴィラの革命軍に参加した事があるとか,アンソニーが少年の時ロスアンジェルスに移っています。

17歳の時に言語障害を矯正するために,舌の手術を受け,この時のリハビリテーシヨンで,演劇に興味を持つ様になったそうな。
セシル B デミル監督の「平原児」(36)にインデイアンの役で出演,翌年,デミルの養女キャサリンと結婚。
しかし妻の父からは大した役をもらえなかったと言う皮肉がつきます。
エリア カザンの「革命児サパタ」(52)でマーロン ブランドと共演,アカデミー賞助演男優賞を得ます。

54年にはイタリアに渡り,フェデリコ フェリーニの「道」(54)にフェリーニの妻ジュリエッタ マシーナと共演,ここからクインは国際的スターに。
正直なところ,この映画は私めの好きなタイプでなく,2度と見たくないと言うほとんど食べず嫌いの偏見を持っています。
「炎の人ゴッホ」(56)ではカーク ダグラスのゴッホに対して,クインはゴーギャンを熱演。2度目のアカデミー賞助演演技賞を獲ります。

「ノートルダムのせむし男」(57)の世にも美しいジーナ ロロブリジタを慕うカジモドの役は誠に醜く,悪夢に出て来るような恐ろしい存在で,少女の私めは,大好きなロロブリジタだけを見て,クインが画面に出て来ると目をつむったものでした。

再び私めの嫌いな映画「その男 ゾルバ」(64)です。既にイタリア人,メキシコ人,アラブ人,ギリシャ人,エスキモーなどなど濃く,精力的な男性を演じる事にかけては,もう達人の域でした。

1990 「老人と海」
念頭から余り好きではないスターの事を書いてますが,やはりクインの圧倒的重量感には,凄まじいものがありますから。

この写真は「老人と海」(90)と言うテレビ映画の時のもので,当時クインは75歳。さすがの貫禄でしたが,お孫さんを連れてきたりで,多少,好々爺の傾向が見えました。

2001年6月3日ボストンで86歳の生涯を閉じてます。

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