YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
ご連絡は  kazeto77yoko@gmail.com
まで。よろしく!

Wednesday, October 31, 2012

BRYCE   DALLAS  HOWARD


 テキサス州のダラスで種が撒かれたから,ダラスと言うミドルネームを付けられたと言うブライス ダラス ハワードの父親はロン ハワード(子役からテレビのスター,それから人気監督),母上はシェリル ハワードと言う女優,祖父のランス ハワードも俳優,祖母のジーン スピーグルは女優,伯父のクリント ハワードも俳優と血筋で女優にならざるを得ないような家庭に81年3月2日に生まれたのです。

ダラスで両親が妊娠を認識したと言うだけで名前を付けてしまうあたりがいかにもちゃめっ気のロンらしいですね。と言う訳で育ったのはロスアンジェルスとコネテイカットのグリニッチと西と東のベストの環境でした。
14歳の時,父親が監督した「アポロ 13」に小さな役で出演、しかし有名な父のコネなど絶対に使うものかと,ハワードと言う苗字を使わず,ブライス ダラスとして、ニユーヨークのテイッシュ演劇学校に入り,ここで高名な演劇コーチ,ステラ アドラーに学びます。
舞台を重ね,03年にナイト シャマラン監督が彼女の才能に注目します。「シックス センス」(99)の謎の少年と
2010   [THE HEREAFTER]
不気味なストリーで一躍,ハリウッドのスター監督になったインド人の監督です。

そして、カーステン ダンストが役を降りた時,シャマラン監督が「ヴィレッジ」(04)の盲目の娘役に起用したのです。ウィリアム ハート扮する謎の村長の娘で,ワーキン フィニックスと恋をすると言う役どころでした。演技力はもちろん、ブライスの陶器の様に滑らかな白い肌と真っ青な目がフードから覗いて効果を上げてました。

次にやはりシャラマン監督の「レイデイー イン ザ ウオーター」(06)では主役でしたが,あまりに退屈なプロットで映画は全くヒットせず,シャマラン監督の評価もグーンと落ちたのです。

最近では 「ヒアアフター」(10)でマットデーモン扮する超能力をもつ男とデートをして,彼女の心の中が見えすぎて,ロマンスがうまくいかないと言うプロットに出たり,(二人が料理教室で知り合う時,マットが目隠しをして,彼女が食べ物を彼に食べさせ,人参,とかマッシュポテトだとか当てさせるシーンが,不思議にセクシーな効果を上げてました。老クリントのリビドーは不滅だなと安心したシーンです)
「ヘルプ」(11)での南部の高慢な主婦役は珍しく嫌な女性で,実にリアルに,力強く演じてました。妙に黒人ヘルパーに同情して,良からぬ騒ぎを起こすより,こう言う伝統的
差別主義者の下で働く方が、平穏無事なのでは,と又へそ曲がりの視点がむくむくと湧いてきましたね。南部アメリカの召使い達の日常の描写が興味深かったですが。

ともかくブライスは育ちの良さに恵まれた,全く精神的にも肉体的にも無傷のようなルックスと伸びやかな性格をもって、大学時代から5年間も交際した俳優のセス ガーベルと06年に結婚,翌年長男が生まれ,その後も既に二人ぐらい子供を作ると言うハリウッドのスモッグなど全く無い,超健康的な家庭を育んでいます。撮影の間の映画プロモーシヨンにしばしば巨大なおなかで出てくるのも微笑ましい限りの平和と安定のシンボルのような女優です。

Tuesday, October 30, 2012

NICOLAS    CAGE


前にトム ハンクスがどうも今いちぱっとしない,と書きましたが,このニコラス ケイジも20年前はきらきらと光っていましたね。「ランブル フィツシュ」(83),「ペギー スーの結婚」(86)と言った高校生ものから、片腕のパン屋を演じて,当時は不思議に美しかったシェールと恋に落ちた「月の輝く夜に」(87),おじいさんを演じたのがシャリアピン ステーキを発明した音楽家の息子のフェオドール シャリアピンだつたとか。月に向かっての犬の遠吠え
を真似するのが上手なおじいさんでした。

「リーヴィング ラスヴェガス」(95)でアル中の小説家
を激演してアカデミー賞を獲ってから,ニコラスは妙に苦み走って,アクシヨンものと猟奇的なスリラーを好む様になったみたいですね。

当人は真面目で,趣味が多く,コッポラ家の一員ですから
2010「魔性使いの弟子」
大きなテーブルで山のような食べ物と海のごとくのワインとフルオーケストラのような会話が溢れかえっての大家族の食事を大いに楽しむ傍ら,どこか、ひとりになって苦悩するときも多そうなタイプです。

2009 「バッド ルーテナント」
結婚を繰り返し,趣味が昂じて集めた古い邸,漫画の本,珍しい車,などなどに散財し,マネージャーだか会計士だかの失敗で巨大な負債を抱え,税務署にもにらまれ,と言う状況から,1年に4本ぐらいの割で映画に出演し,もちろんその殆どは,アカデミー賞俳優がでなくとも,と言う代物ですが
真面目にひたすら凡作に出続けている姿は、しおらしいというか,何となくもらい泣きしそうな寂しい後ろ姿が見え隠れするのです。
韓国系の夫人をもち,キムチもビビンバも大好き,などと言うのを聞くとこれ又ちょっと情けなくなってしまうのは私めの問題かもしれません。今年の1月に48歳になったニコラスの雄々しい復活を期待しましょう。

輝いていたときの彼の写真を是非今度ポストします。

Sunday, October 28, 2012



HUGH    LAURIE

ヒュー ローリーは英国最高のエリート コース,首相や
財界人のトップが通る名門イートン校からケンブリッジ大
を出て,父親も同じコースをとって、ケンブリッジ大でのボートの腕前で48年のロンドン オリンピックで金メダルを獲ったと言うスポーツマンの医師,育ったのはオックスフォードと言う育ちのために、そう言う学歴や出自の事はいっさい話しません。英国ジェントルマン階級のルールを守っているのです。自分たちのクラブで同等の人たちと飲んだり,しゃべったりする時以外は,やれイートンでらんちき騒ぎをした,とか皇太子の誰それと同じクラスだったなど,などと言う馬鹿な自慢をするのは恥ずべき事だと。

そう言う環境を考えるとヒューがケンブリッジで演劇に興味を持ち、似たような仲間のエマ トンプソンやステイーヴン
フライ達と社会風刺に溢れた喜劇を創りだしたのがよく分かります。とくに英国のオスカー ワイルドのような (実際にワイルドを「ワイルド」(98)で演じた)フライとの仲は創作意欲刺激相棒と遊び友達のミックスのようで,「ブラックアッダー」や「ジーヴス アンド ウースター」(90−93)と言ったテレビシリーズでの,ヒューの貴族のお馬鹿どら息子とフライの賢いバトラーの絶妙な台詞がとびきりおかしいのです。

英国の階級社会の一面がヴィヴィッドに描かれていて,アングロファイル(英国大好き人間)にはたまらないドライなユーモアが満喫出来ます。

親友かつ一時は恋人だった,エマ トンプソンが脚本を書き主演した「いつか晴れた日に」(95)で映画初出演,そこからヒューはハリウッドの映画にぼちぼち出始め,レオナルド デイカプリオ主演の「仮面の男「(98)では国王の
アドヴァイザーと言う彼ならではの役を演じています。
2012「ハウス」

翌年には大ヒットした「ステユアート リトル」(99)で主役のネズミ,チャーミングなステユアートの声を手がけて
02年には続編も創られました。

「ムーデイと言われるが,それは僕の体質だと思う。それでも25歳ぐらいのときは,もっともっと陰気だったのだよ。歳と共にメロウになってきましたね」
とはんぶん自己虐待的に言ってますが,大変なデイレッタントなのは本当です。
プロの腕をもつピアニストにして、小説を書き,オートバイを乗り回し、CDまで出すと言う多才なヒューですが,いつも自信にあふれた態度などとても出来ない、穴があったら入りたいと言う態度を取るのです。

アメリカで大人気を博した「ハウス」(04−現在)のグレゴリー ハウス医師の役はアメリカ英語のアクセントを話
し,脚を引きずるのですが,余りこの役を長くしていたため
他の映画に出ても「アクシヨン!」と言う合図が出ると脚を引きずってしまうと白状してました。

ロンドンに妻と3人の子供を置いて,ハリウッドでテレビの仕事中は一人暮らし。大好きなオートバイを駆って,憂さ晴らしをするとか。

2009 「ハウス」
遠慮がちに他人と距離を置く,ウィッテイーで楽しい、ユニークなスターです。

Saturday, October 27, 2012


EVA   MENDES

フロリダはマイアミ生まれのエヴァ メンデスは昔のハリウッドの表現を使えば,ババブーン! 圧倒的セックスアピールの女優です。ジェーン ラッセルとかマリリン モンローなど豪快に性的魅力を全開して,全く恥じたり照れたりしないタイプ。

西洋の男性が日本の雑誌を見て,障子の影でしどけなく横たわって,着物の裾が割れている写真など見ると,病気か? 等と全く性的興奮を感じないのが何ともおかしいです。顔色も悪く,乱れ髪と,肺病病みのような不健康な感じが官能的ともてはやされる日本なのですよ説明していますが。昔はもっと病的でしたが,今も危っかしい表情で
頼りなげに佇むショットが多いいですよね。

唇と胸を突き出し,お尻をひねって,爆発的,攻撃的に女性を放出されると,大和のをとこ殿は,すげーなー!と言うだけで,一緒にベッドに行こうなどとはまず考えないでしょう。

エヴァ メンデスは今の攻撃的セクシー型の女優で,気質も限りなく陽気で,大してバストが大きい訳でもないのに
胸を突き出すポーズを習慣的にしてしまい,何とも楽しい女性です。
「やっぱりキユーバの血がうごめくからじゃない?」
と両親の祖国を誇りに思っているラテイーナですから。
ジェニファー ロペスはプエルト リコ系,目下最も売れているソフィア バーガラはコロンビア出身とスペイン語系はフラメンコからサルサにタンゴとセクシーダンスが伝統でのラテイーナ達は大して悩殺する意図がなくとも、
くねくねを始めるのです。

「トレーンイング デイ」(01)で女警官役で注目され
「ゴースト ライダー」(07),「バッド ルーテナント」(09),「ワイルド スピード」(11)などアクシヨンものが多いのも,彼女のアニマリステイックなルックスのせいでしょう。画面に出てくると目が離せませんから。
2011  胸が飛び出しそうなところが良いでしょう!
1974年3月5日生まれですから,38歳,ライアン ゴスリング(32歳)と熱愛中。何となく応援したくなるような生き生きしているカップルです。

Friday, October 26, 2012

RUPERT    GRINT


ハリーポッターの3人組の中でルパート グリントのロン君が一番のごひいきでした。あ、ブロンドで意地悪なリッチキッドのドラコ マルフォイことトム フェルトンも好きでしたね。何たってへそ曲がりですから,真面目な優等生のハリポタとかいかにも将来才媛のエンマ ワトソンは刺身のつまで,メーン デイッシュは赤毛でのんびり,タイミングを外してちょっとおばかさんに見えてもそれを気にしないロン君が良かったです。

初期のハリポタでは何と言っても一番自然な少年らしさを持って,洒落たホテルの会見に髪はぼさぼさ,ぼろいシャツに古ぼけたジーンズで現れ,何を聞いても「えー,エー、分からないなー。うーん、うーん。」と答えるばかり。それでも、にかっとはにかんだ笑顔が,子供っぽくて
私めの余り貯蔵の無い母性愛をくすぐるのでした。

ロックが大好きで Tシャツはお好みのグループが付いていたり,どくろマークだったり、しっかりアピールしては今はドラムに凝っているとか,ギターを始めてみた,などと照れた表情でぼそぼそ言ってました。

他の二人がきびきびと答え,優等生で,両親が弁護士とか知的職業のせいでしょう,英語のアクセントもキングすイングリシュを淀みなく話すのに,ルパートはそう言うこだわりが全く無く,ブルーカラーの家に生まれ5人兄弟の長男と言う大家族で大して構われずに育ったのほほんとした態度が微笑ましかったのです。

2011 「ハリーポッターと死の秘宝 2」何となく似ているでしょう!
1988年8月24日にハートフォードシャーに生まれたから現在24歳。自分の子供はなかなか大きくなりませんが他人の子供の成長の早さにはとても付いていけません。

ハリポタ出演中にも「サンダーパンツ!」(02)と言うおならのコメデイーに出たり,「ドライビング レッスン」(06)と言う運転免許を取り立ての少年の喜劇に出たり,とあの風貌を活かしてのほのぼのドラマに楽しそうに出てました。

小さい時から自動車を買うときは,まずアイスクリーム車と決めていて,免許証を獲るや否や,中古のアイスクリーム車を買い,たまにはアイスクリームの載せて,近所の子供に上げたりするのが楽しいと言ってました。普通なら小さいときの欲しいものが変遷して,実際に買う時にはポルシェとか,アストン マーテイン等を乗り回して,女の子の注目を引きたいと思うものでしょう。
不格好な四角いアイスクリーム車を乗り回して 悦に入っているルパートのそう言う自然児のところが良いのですよね。

ポストハリポタで一番潰しがきくのはルパートに違いない
と私めは昔から予言していましたが,今の所あの優等生達はホラー映画の主役や青春ものに出て,それなりにもててます。かたやルパートは,意欲的なドラマを次々に拾って
レンジを広げているようで,まもなく公開(アメリカなり日本では、されるかどうか疑わしいですが)されるノルウエーの映画「INTO  THE WHITE」(12)では英国軍のガンナー(砲兵)の役。第2次大戦の英国空軍とドイツ空軍がノルウェーの雪山で互いに生き延びようとする実話の映画化だそうです。
他にもビーチボーイズの映画化に出演が決まっていたりと
脇役でヴァラエテイーに富んだ映画に出ているのは,彼の計画に違いありません。

2009「ハリーポッターの謎のプリンス」
そのうちにいい味の性格俳優になるに決まっているのですから。
やんちゃ坊主のような子供のときの写真をいつかポストしますね。



Saturday, October 20, 2012

お知らせです。

明日10月21日から25日までロンドンに行ってきます。THOR 2  と  RED 2 の2本のアクシヨン続編の撮影現場訪問をしてきます。
ヘレン ミレンとジョン マルコヴィッチの動きなどを盗み見るのが楽しみ。後はビールやワインをぐびぐびして
ロンドンの雨など眺めてきます。
では行ってきます。
PS  ダンゼル ワシントンがアル中のパイロットになる
FLIGHT と言う映画を見てきたばかりですが この事故シーンがもの凄くリアルで,大勢の人がしばらく飛行機に乗りたくないと漏らしてました。私めは平気ですが。何ったてこう見えても零戦パイロットの娘なのですから。

JOSH   HARTNETT


40歳を過ぎた女優達がハリウッドのヤング志向を嘆くのはよく聞きますが,男優連中も似たようなものです。

マシュウ モデイン,マシュウー ブローデリック,ジェイムス スペーダー,クリスチャン スレーター等など、どこに潜んでいるのやらの男優も大勢いますから。

ジョッシュ ハートネットは「ヴァージン スイサイド」(99)「パール ハーバー」から「ブラック ホーク ダウン」(どちらも2001)等で2枚目スタートして
ぐんぐん人気が出て,長身でちょっと照れ気味の姿勢が
もてもてでした。
一応サンフランシスコ生まれですが育ったのはミネソタ州
セントポールですから中西部のオールアメリカンの男は無言で勝負の気質に溢れていました。もちろんフットボールの選手でプロを目指していましたが左ひざの怪我で断念。
こう言う話は何千回も聞かされますね。

「僕の家の地域は大勢のアラブ人の移民が居て,けっこう国際的なところになったのだよ。でもやっぱりフットボールとホットドッグの文化だけど。」
まだ売り出してほやほやのジョッシュがそう言った時、私めは “ ココココ、コケコー! 私はミネソタの卵売り”と言う歌を思い出したものです。いったいどこから出てきた歌なのやら?
当時は故郷に恋人が居て映画の仕事が終わるとすぐに飛んで帰るってな事を嬉しそうに行ってました。
低いバリトンの声が男らしくて,頼りになりそうな奴!
でしたね。

「ラッキーナンバー7」(06)の頃からスカーレット
ヨハンセンと交際が始まり,婚約までしたのに2年後に破局。二人とも上昇中のヤングスターで,パパラツイーに追われる日々やスケジュール調整に疲れたのでしょう。当時の二人はのっぽとボインのおちびさんで,飛びきり愛らしかったのですが。
「ブラック ダリア」(06)なんてロスアンジェルスで実際に起きた殺人事件をもとにしたスリラーで,期待は大きかったのですが,何やらふやけた映画になってしまって
翌年の「RESURRECTING CHAMP  」もいまいちでした。
「ロスアンジェルスはクラブ回りと派手な女の子が好きなら良いけど,僕はたまらない」と逃げ出したのもこの頃でした。
「ヨーロッパの映画の方が味があるとか言うけれど,ハリウッドの映画にも秀作がたくさんある。例えばラッセル
クロウなんて凄く良い映画に出ていて,それらはヨーロッパ,オーストラリア,英国などと国境が無いだろう。僕もそう言う俳優になりたいな」

と言って早速ニユージーランドに行って「30デイズ オブ ナイト」(07)に出ました。映画はヒットしませんでしたがこの国がひどく気に入って家を買おうとさえ思ったそうな。しかし18時間の飛行時間を考えて止めたのだよ」
それからフィリッピンに行き「アイ カム ウィズ レイン」(09)の撮影に参加。
2007 [RESURRECTING  THE   CHAMP]
「ミンダナオ島の奥深くのデイワルワル(Diwalwal)と言うところでロケをしたのだが,街から5,6時間もかかる地の果てで,村の人々は白人を見た事が無く,僕らを見に毎日何千人も訪れてくるんだ。村の人の人口が4万3000人とかで,入れ替わり立ち替わりに覗きにくるのだよ。
みんな凄く親切で,良い人たちだったが,身代金目当ての誘拐が発生する地域だからと僕たちには軍隊の護衛が付いていた。全然不安になどならなかったけど。」
この作品も余りぱっとせず。
「ブンラク」(10)はデミ ムーアやウッデイー ハレスソン等も出ている復讐ドラマでしたが これも全く注目されないまま消えてしまいました。

現在「SINGULARITY 」(13年公開予定)と言う時代を超えた不可能な愛をテーマにしたローランド ジョフィーが監督する映画でジエイムス ステユアート(!!)と言う名前の英国の船長役を手がけているそうです。インドが舞台のようで,ジョッシュは地球を回っての貴重な体験を重ねています。
今年の7月に34歳,まだまだ若いジョッシュであります。
そのうちデビューの頃の写真を探してきます。

Friday, October 19, 2012

EMMA   WATSON


今から11年前,はじめて「ハリーポッターと賢者の石」で当時11歳のエマ ワトソンに会ったとき,何と聡明できれいな女の子だろうと感心しました.両親共に弁護士,フランスのパリで生まれ,祖母はフランス人,オックスフォードに戻って7歳で詩の朗読会で優勝。
毛並みの良さがきらきらしていました。
2011「ハリーポッターと死の秘宝」
あれからハリポタと共にすくすく成長して,アメリカの東部の名門大学,ブラウン大に入学,次はオックスフォード大と頭脳も冴え渡り,ルックスも目鼻立ちがはっきりとした美人となって,もろもろの化粧品やデザイナーの広告モデルも手がけ,怖いものなしのような勢いです。

2年前頃,つまり20歳になった頃はやけに濃いメークをして,装飾過剰なドレスを着たり,全く似合わない格好をしたりとちょっと試行錯誤の時でした。
それがこの1、2年,白鳥の様に洗練され,自分のスタイルに自信も出て,又もやの飛躍を見せてます。

美しくて才気豊かと言う女優にはジョデイー フォスターやナタリー ポートマン、ケート ベッケンセールなどがいますが、エマももう少し強靭さが備わると立派な女優になるでしょう。
「最初は自分の部屋をお姫様みたいに全部白で統一したけど,最近はもう少し前衛的になってきたのよ」
と言うエマの新作「パークス オブ ビーイング ウオールフラワー」では奔放な高校3年生の役。実は余り奔放には見えないのですが,彼女なりに頑張って演じてます。
2004「ハリーポッターとアズカバンの囚人」もっと昔の写真も探します。
背伸びした感じが又いじらしく,いつまでも高校生のままのエマで居て欲しいと思うのは私めひとりではないでしょう。
2012 「THE   PERKS   OF  BEING   A WALLFLOWER」

Wednesday, October 17, 2012


JACK  PALANCE


ハリウッドきっての悪役ナンバーワン,ジャック パランスに会ったのは「シテイー スリッカーズ」(91)とその続編 (94)とゴールデングローブのパーテイー会場
の3回でした。もう毒気が抜けて,ダンデイーなジェントルマンで,背が高くて(193センチ),赤ら顔が楽しげな、パブでビールをぐびぐびしながら 昔話を聞きたいような雰囲気に溢れてました。

実は今日は私めの60何回目の誕生日で,一番好きなスターのことを書こうと思ったのですが,どうも独りに的を絞ることが出来ず,えい,亡くなっても,強烈な印象を残したパランスにしようといつものへそ曲がり選択なのです。

「シェーン」(53)の悪党振りが一番有名でしょうが
「突然の恐怖」(52)も凄く,この2本の役はアカデミー助演男優賞にノミネートされてます。

もちろんアラン ラッドのシェーンは曲も素晴らしく,少年の心を揺さぶりますが,ジャック扮するジャック ウィルソンの異常なまでの嫌悪が正と邪の真っ向からの対決となって迫力がありました。

「突然の恐怖」は心理スリラーでした。ジョーン クロフォード扮する有名な劇作家の駄目亭主のジャックがこの妻を殺して若く美しいグローリア グラハムと一緒になろうと企むドラマで,彼の持つ凄味が活かされてます。

ウクライナ系で,父親は炭坑夫(後に黒肺病で死亡), 1919年2月18日にペンシルヴァニア州 ラテイマーと言う鉱山の街に生まれフットボールの奨学金でノースカロライナ大に入るも,2年で中退,クウィックキャッシュ
稼ぎにプロのボクサーとなり,15戦12KOと言う成績の後,ヘビー級のジョー バクシと1040年12月17日に対戦,4ラウンドでノックアウト負け,そして第2次大戦が始まり,空軍に入隊.搭乗したB−24爆撃機の火災で顔にやけどを受け,整形手術をして あの顔を得たのですと.パープルハート勲章を授かってからスタンフォード大学に入り,ジャーナリズムと演劇を学び,しばらくはサンフランシスコ クロニクルズのスポーツライターだった
と言いますから,頭の良さがあの悪役振りに相剰効果を与えたのでしょう。

演じている俳優の頭が余り良くないと悪役も単純で鈍なタイプになりますものね.2枚目役は頭が悪くても何とかこなせそうですが。

「地獄の戦場」..こう言う題名が古くさくて,懐かしい!(50)では自分の経験を生かした元ボクサーの海兵隊と言う役どころをリチャード ウィドマーク(!!実は彼こそ私めの大大好きな悪役スターであります)扮する隊長のもとで戦うのでした。
「暗黒の恐怖」(50),先に書いた「突然の恐怖」,「蒙古の嵐」(61),「激戦地」(69)とジャックの映画のタイトルが彼の持ち味を物語っているような。

当人は気さくで,冗談が上手な素敵なロマンスグレイでした.絵を描いたり,詩を作ったりの洒落たセンスと牧場主の野性的な面の両方がバランスよくマッチしていました。
千エーカーの牧場で牛を飼っていたのに,何と菜食主義だったのですって!

「シテイー スリッカーズ」(91)でアカデミー賞を獲った時,舞台で片腕腕立て伏せを100回だかして見せて
会場が総立ちになったのはアカデミー賞の名場面によく出て来ます.あのときジャックは72歳でした。

「シャイニング」(80)の主役,ジャック トランス役を原作者のステーヴン キングはパランスに演じて欲しかったとか.偶然か名前も似てます.言うまでもなくジャック ニコルソンが怪演しましたが。

「自分がしていることはほとんどゴミ同然。」
「人の行動の基本は重力と欲望。」
「昔は6フィート4インチだったのに,歳を取って,背が曲がって6フィート3インチになってしまった。」

1991  [CITY SLICKERS]
等など人生を斜めに見る視線が素敵なジャックは2006年11月10日に87歳で亡くなりました。



Sunday, October 14, 2012

LAURA   LINNEY


1964年2月5日,ニユーヨークに生まれたローラ リニーは今のハリウッドでは珍しい古典的な香りを漂わせた
知的美人女優です。
父親はロムルス リニーと言うローマの名前の由来の双子の王様と同じで教授にして脚本家,母親は看護婦,継母は
ロックフェラー財団の理事と言う東部のインテリ家庭に育ち,ジュリアードにブラウン大学,ノースウェスターン大学からモスクワの大学までと広範な分野で演劇や文学を学んだ才女ですから,ブロンドのグラマラスな女性から,理論に長けた弁護士などの役も難なくこなし,素顔は自然の静けさと優しさに溢れています。

まず「真実の行方」(96)でリチャード ギアの元恋人にして 法廷で敵対する女検事を演じて,その頭脳力と女性らしい動作で注目を得ました。もちろんここで最もショッキングだったのは被告の青年を演じたエドワード ノートンでしたが。
翌年彼女の冴えた演技に魅かれたクリント イーストウッドは 「目撃」(97)(「アブソルート パワー」)に共演女優として迎え,「トルーマン ショウ」(98)ではジム キャリーの妻役と着々と良い役を得て,200年の「ユー キャン カウント オン ミー」では駄目な弟
の面倒を見る姉の役を熱演してアカデミー賞にノミネートされます。

「私はマンハッタンで育ち,父は戯曲の仕事に打ち込んでいたから,将来は必ず舞台女優と信じていたわ。別に映画やテレビの演技を低く見ている訳ではなく,舞台にしか目が行かなかっただけ。
ブロードウェイで色々な賞を獲ってから,ハリウッドに行って履歴書を自信たっぷりに渡したら,プロデユーサーが「えー,映画の経験がほとんど無いじゃないか!困ったなこれでは。」なんて言って,私を困惑させたり。でもそう言う経験はそれなりに貴重だったわね。」
とあくまで,聡明でバランス感覚が安定したローラなのです。
「どれほど才能があろうとも,絶世の美人でも,最高の学歴を持っていようと,ロスアンジェルスに住んでいるとそう言う面が全く無視され,ただただ運とコネクシヨンばかりに重きが置かれる。だから私はロスには住まないのよ。」

そう言う訳でしょうか,常にブロードウェイの舞台で古典劇に,現代劇に精力的に出るのもローラのとことん演劇好きの心根を見せて,それが彼女を謙虚な佇まいと,いぶし銀の魅力を与えているようです。

「私はものを教えるのが大好き。演劇のマスター クラスなどを手がけて若い俳優たちを指導していきたいわ。同じ情熱を分かち合う程,楽しいことはないもの!」
と考えることも真面目で崇高なのです。

新作「ハイド パーク オン ハドソン」(12)でローラは ビル マレー演じるFDR (フランクリン デラノ ルーズヴェルト大統領)の遠縁の従妹と言う役で,大統領のお世話をする係を命じられ,ナンとそのお世話の中には,性的要求を満たす役もあって,渋々しているうちに大統領に情愛を持ってしまう,しかし大統領は第2次大戦前の暗雲を乗り越える使命があったり,英国王夫妻の訪問があったりと色々忙しく,と言う興味深いストーリーなのです。
目立たなくて,おどおどしている嫁に行きそびれた従妹を
ローラは軽やかに演じて,ビルとのコンビも愉快に,時として悲しく,実に上手な演技を見せています。

09年の5月にローラはコロラド出身の不動産業の男性と結婚,既に肺がんで衰弱していた父に代わって,何度か共演し,親しい友人のリアム ニーセンがローラの花嫁の父の代役をしたとか。父上は11年1月に亡くなりました。

2012  「HYDE PARK ON HUDSON」
PBS (公共放送)で英国ミステリー シリーズを見せる番組ではローラが司会を買って出て,歯切れの良い,美しい英語で,英国ドラマの背景など語って、そのエレガントな姿を見せています。

Saturday, October 13, 2012

WARREN   BEATTY

昔はシャーリー マクレーンの弟なんて信じられない程,似てなかったけれど,今シャーリーは78歳,ウオーレン ビーテイーが75歳になってやっと何やら似てきたと言うのがおかしいですね。年を取ると親の顔にも似てきますし。


1990 「デイック トレーシー」
この弟は大変なプレイボーイで「ベッドルームアイズ」を持つ男などと呼ばれ,ナタリー ウッド,ジュリー クリステイー,ダイアン キートン、マドンナ等など, 旬のグラマーガールズを軽くモノにしてきました。

「コップ一杯のミルクが欲しいだけなのに,どうしてわざわざまるまる一頭の牛など必要なのかい?」
と言う彼らしい結婚観を当時は得意そうに述べていました。

初めて会ったのは「イシュタール」(87)と言う大こけ映画の時で,まだ自意識過剰なウオーレンは自分のカメラマンを連れて来て,いやその前にライト係を送って,彼の顔を十二分にかっこ良く見せる照明設定をさせてから,おもむろに現れたのです。

そのショットは今見つかりませんが 後々のお楽しみに!

15個アカデミー ノミネーシヨンの才覚と才能と技術を
持つ彼は業界トップの電話魔としても知られ,4時間ぐらいの電話は当たり前なのだそう。
当時彼が住んでいたマルホーランド ドライヴはロスアンジェルスの絶好の夜景色で知られた高級住宅地ですが,隣にマーロン ブランドとジャック ニコスソンが住んでいて この一角はバッドボーイ ドライヴとも呼ばれていたそうな。
「ゴッドファーザー」(72)のマイケル コリオーネ役を蹴ったのもこの頃でしょう。
92年,55歳の時にアネット ベニングと結婚。ふたりは「バグジー」(91)で共演し,知的で健康的なアネットをワイフに選んだウオーレンは矢継ぎ早に4人もの子供を作ったのです。
政治的な発言でも知られて「ブルワース」(98)の無知な政治家が黒人達と仲良くなるストーリーは彼自身の立場をよく物語っているとか。

最近のショッキングなニユースはふたりの間の20歳の長女が男性になると宣言、シェールの娘と同じトランスジェンダーの道を選んだことでした。今ではステファンと言う名で学校の教師をしているとか。
1991 「バグジー」
何となくおかしいやら,理解ある両親ではありましょうが、やっぱり困っただろうなと同情してしまいますね。

Wednesday, October 10, 2012

CATHERINE     DENEUVE


  
世界で最も美しいと言われた女優,カトリーヌ ドヌーヴ
には5回ほど会いました。最初は「インドシナ」(92)でヴェトナムのゴム果樹園の女主人を毅然と演じてもろもろの賞を獲った時。大体 “インドシナ”と言う響きが懐かしいです。ハリウッドは余りお好きではないらしく,いつも居心地の悪そうな表情を浮かべてます。

一応スペイン語もイタリー語もドイツ語も英語も話せると書いてありますが,こと英語になると注意して話すのではなく
何となく雑に話すのです。それがエレガンスの極みのシンボルの彼女にそぐわず,煙草を吸う手つきや口元はセクシーで
蠱惑的なだけにちょっと気になりました。
「年を取る前に演じたい役は,エヴァ ペロンとアンナ カレリーナね。」
等と言ってましたが,実現せず残念。マドンナのエヴァ ペロン,新作のキイラ ナイトリーのアンナ カレリーナより
カトリーヌのほうが遥かにイメージ的にも,時代劇の女主人公にふさわしい古典の麗しさがありますものね。
フランス人の記者が「写真撮影がある時など、彼女は皮膚の
皺なり,でこぼこを細いブラシでしっかり埋めていき,まず3時間はメークにかける。」と言ってましたが、なるほど
完璧なまでにスムースで調和した色の肌でした。

次に会ったのは「ヴァンドーム広場」(98)で,既に55歳でしたが,魔性の女性と言うか,どこか魔法がかかっているような超現実的な雰囲気が漂っていました。公共の席から自宅に戻ると狐になってしまうような。
1992 「インドシナ」

長いことドレスをデザインして来たイヴ サン ローランが
いかに自分の長所と短所を知った上でのデザインをしてくれるか,美しいものを身につけるとより美しい気分になるのよ!などと天下の美女ならではの豪華なご自慢は,何かと言うとTシャツにジーパンが大好きと繰り返すハリウッドスターの似非庶民モットーの中でオリジナル性が高くてさすがと思いました。

「シェルブールの雨傘」(64)や「ロシュフォールの恋人たち」(66)等のロマンドラマより私めは「昼顔」(66)とか「ハンガー」(83)のようなホラー要素がある映画の方が彼女のちと猟奇的な, 妖女性が活きていると思うのですが。

「私が好きなのはマリリン モンロー。ほとんどの彼女の映画が好きだけど特に「荒馬と女」(61)が好き。」
などとも言ってたのです。
ななんと「マジソン群の橋」(95)のオーデイシヨンを受けたとか。もちろんこの役はメリル ストリープが演じましたが,フランス訛りの中西部に住む主婦だったら,クリント
イーストウッド演じるカメラマンのアプローチは変わっていたでしょうね。こう言うキャストの変更を考えると楽しいですよね。

一番最近会ったのは「しあわせの雨傘」(10)の時。ロスアンジェルスにある余り知られていないひっそりとして庭園のあるホテルで行われたのは彼女がどこでも煙草を吸うからだとか。眼鏡をかけて登場しましたが相変わらず居心地の悪そうな感じで,相変わらず雑な英語で話してました。
「ヨーロッパでたくさん仕事があるのにわざわざハリウッドに来るなんてとんでもない。それに私のアクセントでは役が限られていて,面白い役もないし」
と愛嬌ゼロで話してました。それも媚で売るハリウッドスターと大いに違って痛快でした。

2012年 最新のコメントを紹介しましょう。
2010  「しあわせの雨傘」
「私の母は今年100歳になります。今も独りでパリのアパルトマンに住んでブリッジを楽しんでますのよ。私が綺麗でいられるのは母からの遺伝要素が多大な原因です。母は昔から私たちに太陽を避けること,それから水をたくさん飲むこと,と諭してました。それを真面目に守った私も100歳まで生きるかも。でも煙草を吸うので駄目かも知れませんね」