YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
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Sunday, October 14, 2012

LAURA   LINNEY


1964年2月5日,ニユーヨークに生まれたローラ リニーは今のハリウッドでは珍しい古典的な香りを漂わせた
知的美人女優です。
父親はロムルス リニーと言うローマの名前の由来の双子の王様と同じで教授にして脚本家,母親は看護婦,継母は
ロックフェラー財団の理事と言う東部のインテリ家庭に育ち,ジュリアードにブラウン大学,ノースウェスターン大学からモスクワの大学までと広範な分野で演劇や文学を学んだ才女ですから,ブロンドのグラマラスな女性から,理論に長けた弁護士などの役も難なくこなし,素顔は自然の静けさと優しさに溢れています。

まず「真実の行方」(96)でリチャード ギアの元恋人にして 法廷で敵対する女検事を演じて,その頭脳力と女性らしい動作で注目を得ました。もちろんここで最もショッキングだったのは被告の青年を演じたエドワード ノートンでしたが。
翌年彼女の冴えた演技に魅かれたクリント イーストウッドは 「目撃」(97)(「アブソルート パワー」)に共演女優として迎え,「トルーマン ショウ」(98)ではジム キャリーの妻役と着々と良い役を得て,200年の「ユー キャン カウント オン ミー」では駄目な弟
の面倒を見る姉の役を熱演してアカデミー賞にノミネートされます。

「私はマンハッタンで育ち,父は戯曲の仕事に打ち込んでいたから,将来は必ず舞台女優と信じていたわ。別に映画やテレビの演技を低く見ている訳ではなく,舞台にしか目が行かなかっただけ。
ブロードウェイで色々な賞を獲ってから,ハリウッドに行って履歴書を自信たっぷりに渡したら,プロデユーサーが「えー,映画の経験がほとんど無いじゃないか!困ったなこれでは。」なんて言って,私を困惑させたり。でもそう言う経験はそれなりに貴重だったわね。」
とあくまで,聡明でバランス感覚が安定したローラなのです。
「どれほど才能があろうとも,絶世の美人でも,最高の学歴を持っていようと,ロスアンジェルスに住んでいるとそう言う面が全く無視され,ただただ運とコネクシヨンばかりに重きが置かれる。だから私はロスには住まないのよ。」

そう言う訳でしょうか,常にブロードウェイの舞台で古典劇に,現代劇に精力的に出るのもローラのとことん演劇好きの心根を見せて,それが彼女を謙虚な佇まいと,いぶし銀の魅力を与えているようです。

「私はものを教えるのが大好き。演劇のマスター クラスなどを手がけて若い俳優たちを指導していきたいわ。同じ情熱を分かち合う程,楽しいことはないもの!」
と考えることも真面目で崇高なのです。

新作「ハイド パーク オン ハドソン」(12)でローラは ビル マレー演じるFDR (フランクリン デラノ ルーズヴェルト大統領)の遠縁の従妹と言う役で,大統領のお世話をする係を命じられ,ナンとそのお世話の中には,性的要求を満たす役もあって,渋々しているうちに大統領に情愛を持ってしまう,しかし大統領は第2次大戦前の暗雲を乗り越える使命があったり,英国王夫妻の訪問があったりと色々忙しく,と言う興味深いストーリーなのです。
目立たなくて,おどおどしている嫁に行きそびれた従妹を
ローラは軽やかに演じて,ビルとのコンビも愉快に,時として悲しく,実に上手な演技を見せています。

09年の5月にローラはコロラド出身の不動産業の男性と結婚,既に肺がんで衰弱していた父に代わって,何度か共演し,親しい友人のリアム ニーセンがローラの花嫁の父の代役をしたとか。父上は11年1月に亡くなりました。

2012  「HYDE PARK ON HUDSON」
PBS (公共放送)で英国ミステリー シリーズを見せる番組ではローラが司会を買って出て,歯切れの良い,美しい英語で,英国ドラマの背景など語って、そのエレガントな姿を見せています。

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