YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
ご連絡は  kazeto77yoko@gmail.com
まで。よろしく!

Sunday, February 25, 2018

JEREMY IRONS 2018

JEREMY  IRONS   2018

新作「レッド スパロウ」(18)(赤い雀)でロシアの
将軍役を、いつものようにミステリアスに、悪徳の香りを漂わせて演じているジェレミー アイアンズに会見。

ロンドンのクラリッジス ホテルに現れた彼は全身黒づくめ、着古して上質なスーツはスリーピース、小指にはいつもの金のシグネット リングとどこから見ても「苦味走った重要人物」の存在感があります。



以前に素晴らしくフィットしたダーク スーツを着て現れた時、スーツを褒めると

「これは30年前に作られたものなのだよ」

と裏地を見せてくれました。本当に古びた、でも、素敵な模様が入っている裏地で、もちろんサビル ロウの仕立てでしょう。体型が全く変わらないのも凄いことです。

タバコを長年吸い続けた人のちょっといがらっぽい低い声と独特の英国アッパークラスのアクセントがなんとも言えない各町の大人の魅力、おまけに女性の憧憬を浴びすぎてきたスターの疲労感が何しろデカダンなのです。



テレビシリーズの中で私が最も好きな「華麗なる貴族」 BRIDESHEAD REVISITED (81)での最も嬉しかった思い出をきいてみました。



「うーん。僕の誕生日だった。オックスフォード大でのロケーションで、その日はパント(Punt 小さな細い船)に乗って川を下る撮影で、一緒に乗っていたアンソニー アンドリュースが突然立ち上がってね。大揺れに揺れたから僕は船の縁を握って、「どうしたんだ!」と叫ぶと、アンソニーはやおら隠していた袋の中からシャンペンのボトルを出して、栓を開けるや、中身を僕に浴びせかけて

ハッピー バースデー、マイ バスタード!

と言うではないか。

いやはや、アンドリューは全くセバステイアンになりきっての忘れられない贈り物だった」

と嬉しそうに話していました。


バスタードは(まともな意味は庶子、普通はこの野郎) ってな意味で、セバステイアンは貴族のドラ息子で、ジェレミー扮する真面目なチャールズ ライダーを、退廃のリッチなソ
サエティーに誘い込むのです。


何度もジェレミーに会ってますが、この日は殊の外ご機嫌で、今もスピードを楽しんでいるオートバイでの旅行、息子のマックスの活躍(映画やテレビばかり出てないで、もっと舞台に出て欲しいね。舞台こそ俳優の基本と成長を身につけてくれるから)共演のジェニファー ローレンスの逞しさ、勇気と美しさなどを楽しそうに話してくれました。

1948年9月19日英国のワイト島カウズ生まれですから今年70歳!

下の方にある連続写真は私が会見のモデレーターを務めた時。
彼の表情が面白いと思って載せました。


いつまでも「謎のエネルギー」を放つセクシーな怪俳優でいて欲しいものです。

ボヘミアン風のスタイルもお好きなようです。レイヤードルックがさすがではありませんか。


ロンドンで、この日はオートバイに乗ってきたので手が油で汚れていました。

これが30年前のスーツ。

この排他的距離感がなんとも彼には似合うのです。


1990「運命の逆転」の時。アカデミー賞受賞。





2018年2月ロンドンで。










2018年2月「レッド スパロウ」ロンドン

Saturday, February 24, 2018

BELFAST #2 TITANIC MUSEUM

BELFAST  #2 TITANIC MUSEUM

ベルファストの滞在は2泊と短い上に、ロケ地訪問がまるまる2日かかって、観光はほとんど無しでした。
ダウンタウンには入りやすいパブや、レストランが軒並みにありますし、綺麗に夜行照明された市庁舎や教会がとても素敵です。
チャーミングな訛りのアイルランド英語も暖かく響いて、
人々が連帯感を持っている印象を受けました。

「ザ トラブルズ」THE TROUBLES  又は、「コンフリクト」CONFLICT と呼ばれたアイルランドのゲリラ戦は1969年から98年までから大勢の命を失い、爆弾があらゆるところに仕掛けられ、長いこと ベルファストに観光に来る人などいなかったのです。
IRA,( Irish Republican Army)のテロ襲撃は壮絶なものでした。
知人の英国人記者はテロ時代の取材に何度となく訪れ、もう2度と来たくないと白状していましたから、そう言う悲劇を目撃した人には今でも「観光気分」は難しいのでしょう。

それにしても朝、ちょっと薄日が出て、ああ良いお天気だと思う間もなく、2時間ぐらいで空は暗くなり、雨が降り出すので、路上はいつも寝れて光っているか、舗装されてない道はぬかるみです。

前のページに書いたように、造船所として世界的に有名だったベルファストの誇り、タイタニック号を記念しての博物館は、びっくりするような前衛的デザインで、港のほとりに建っています。残念ながら今回は時間の余裕がなくて内部を見ることができませんでした。
その横にはタイタニック スタジオがあって、数々の撮影に使われているそう。
左がタイタニック 博物館、右は古い建物。コントラストが面白いです。(ネットから)


タイタニック 博物館(ネットから)

タイタニック号のシンボルの現代版デザイン。

港にあるタイタニック スタジオ (ネットから)

左がスタジオ、右が博物館。(ネットから)


ベルファスト美術館には地元のの名産、リネン(麻)を使っての織物や現代美術が陳列され、郷土愛が暖かく感じられます。

もっと詳しいことを書きたいのですが、もっと時間があった時、ベルファストを舞台にした素晴らしい映画などと一緒に紹介しましょう。
ベルファスト空港で。クリステインと。


移動のバスの中で。ハンスト。
ホテル ヨーロッパ。
ライトアップが美しい市庁舎。
ヨーロッパ ホテルのロビーには中国の新年の飾りが。ジャネットと。
ホテルの前で。濡れて、寒そうでしょう。
ホテルの向かいのパブ。ギネスビールの広告が見えます。
美術館に陳列されていたダイヤの犬のブローチ。
美術館のタペストリー、物語の1部。
タペストリーの物語のベッドシーン。
ベッドシーンがひどく印象に残ります。
美術館の2階。ドラゴンが飛んでます。

「ベルファスト バー アンド グリル」。クリステインとダーテイー マーテイニで乾杯。










Monday, February 19, 2018

BELFAST NORTHERN IRELAND FEB 18-20 2018

BELFAST  NORTHERN IRELAND FEB 18-20 2018

北アイルランドのベルファストにやって来ました。
ロンドンで乗り換えの時は太陽が照っていたのに、たった1時間のフライトでついたベルファストは雨が激しく降っていて、道路も建物ももう数百年雨が続いているような、じっとり湿った様相を見せていて、おまけに寒くて、アイルランドの暮らしの辛さをちょっと覗いた気がしました。

ホテルは反英国運動のIRAに最もたくさん爆撃を受けたホテルとして知られているヨーロッパ ホテルという古いホテル、横にはオペラ ハウス、後ろには中央駅があります。

今回の旅行はとある撮影現場の訪問で、まだ口止めされているので、何も書けません。

有名な豪華客船タイタニック号を建造した造船の町として有名ですが、あまりのテロリスト活動のために長いこと観光客などが避けていましたが、最近になって観光に力を入れてきたようです。
アイルランド共和国のダブリンと比べると、まだまだツーリストフレンドリーでない、不便なところが見えます。

また時間がある時に詳しいレポートを送りましょう。


ホテルの部屋から見えるオペラ ハウス。

ホテルのフロントにかけてある、造船所の制服の絵画。

ホテルの部屋からの眺め。かなり殺風景です。

Saturday, February 17, 2018

DUNCAN JONES

DUNCAN  JONES

前回のマヤ ホークがイーサン ホークとウマ サーマンの長女だったのに続いて、今回はダンカン ジョーンズを紹介しましょう。
2年前に亡くなったデヴィッド ボーイとアメリカ人のモデルだった最初の妻、アンジェラとの間に生まれた長男。
あまりにも有名な父親の跡を全く継がず、音楽の道はきっぱりと拒否して、CMヴィデオから映画監督としてすでにかなりの評価を得ています。

今回は「ミュート」MUTE (啞) というベルリンを舞台にした映画で、主人公の啞のバーテンダーになるのはアレキサンダー サースガード、脇にポール ラッドとジャステイン セロー(1昨日にジェニファー アニストンと別居を発表したばかりです)を配置しての、近未来のSFドラマでのインタヴュー。

「父が1970年代にこよなく愛したベルリンをイメージして、父へのオマージュにしました。実はもう16年間もこのアイデアを考えて、やっと映画化に実現したのです。ベルリンには何度も行って、大好きな街。僕はスイスの全寮制の学校に行きましたが、そこはフランス語地域で残念ながらドイツ語はあまりしゃべれません。少しは話せますけれど」

とダンカンはとっても丁寧に、始終ニコニコして話をします。育ちの良さと言うより、天然の良心を持った人間のようで、これはロンドンのスーパースターの家に生まれて、ちやほやされても、そういうことに甘えずに育った、強い信念の持ち主のように見えます。

交際していたフィリッピン系アメリカ人の写真家の女性、ロデーン ロンクイーロ Rodene Ronquillo が乳がんと診断された日に、市役所に駆け込んで結婚式を挙げた行動など、慈愛に溢れた若者で、そばで話を聞いていると、まるで神に仕える羊飼いのように思えてきます。

1971年5月30日ロンドンのブロムリーに
Duncan Haywood Jones として生まれました。
父母は1980年に離婚、ダンカンは父親のデイヴィッドに引き取られて育ちました。
前述したスイスの学校はローザンヌにあって、それからスコットランドの全寮制の学校に移り、大学は英国のウースター大、次はアメリカのテネシー州のヴァンダービルト大で哲学の博士課程を受けましたが、途中で退学、それからロンドンの映画学校で監督コースを学ぶなど、かなり教育意識が高いようです。
2009年には「ムーン」サム ロックウエル主演を監督。2011年には「ソース コード」ジェイク ジレンホール主演の映画を監督しています。
2016年「ワークラフト」、トラヴィス フィメル主演のSF映画を監督。

2012年11月にローデーンと結婚、16年7月に長男のステントンが生まれ、現在お腹の中に女の子が宿っているそう。

「父のドキュメンタリーを見る暇もないほど忙しくて、映画の準備から、息子の世話に大きなお腹のおくさんを助けなくてはならないし」
と微笑ましい3人半の日常の光景が覗けます。

「実は僕は音楽を聴かないんだ。ワイフが車に乗っている時は彼女のためにR&Bなどを付けるけれど、僕一人だとトーク番組のみ。携帯にも音楽は入って無いし」

とかなりショッキングなことを白状。父親のあまりの音楽の過剰に反抗しているのか、心理的な拒否なのか、いずれにせよ、このダンカンが「ミュート」という映画を作ったのがなんとなく理解できるような。

いつもユーモラスなTシャツを着ているダンカンのこの日のTシャツは「ソース コード」(2011年に監督)からの記念品だそうです。
親子。デヴィッド ボウイ とダンカン ジョーンズ


ローデーン夫人と。

芸術的混乱?の中に育ったダンカン。

スイスの全寮制の学校に通っていた時のダンカン。

ローデーンが乳がんを告知された日に結婚。

ダンカンと両親。

父御のデイヴィッドと。





2016監督作品「ワークラフト」





2016「ワークラフト」の撮影中。左は Travis Fimmel

2011「ソース コード」主演のミシェル モナハンとジェイク ジレンホール。

いつもユーモラスなTシャツを着てきます。

2018    MUTE